2010年9月30日(木)

47都道府県の失われゆく技術にもう一度光を~伊勢谷友介のREBIRTH論に迫る(3)

人間は本当の意味で考える葦になるべきと語る伊勢谷友介さん。今回は伊勢谷さんの持つ「リバース・ビレッジ」というビジョンや、具体的な活動について伺います。 前回は、伊勢谷友介さんの「REBIRTH PROJECT」立ち上げの経緯や、「自分以外のことを考えることによって自分を生かしていく」という考えが根底にあるということを伺いました。


自身の活動「REBIRTH PROJECT」について語る伊勢谷さん

片岡:「REBIRTH PROJECT」での活動を通じて伊勢谷さんが目指している「リバース・ビレッジ」のイメージとはどのようなものなのでしょうか。

伊勢谷:「REBIRTH PROJECT」はやっぱり企業なので、法律や現代社会にのっとったところから村(ビレッジ)は発足させるべきだなとは思っています。今のところ、どうやって人間、そこに住む人を集めていくかというのは、まあ、ちょっと先の話ですね。それ以前に、僕たちがやっていかなくちゃいけないことというのは、もちろん、衣食住に関するプロダクトがしっかり充実していること。その村の生産能力というか、物資を外に売ることで、自分たちが外貨を得るつもりでお金を得るイメージですね。

片岡:海援隊(江戸時代後期の幕末に、土佐藩脱藩の浪士である坂本龍馬が中心となり結成した貿易結社のこと)みたいなもの?

伊勢谷:そう、亀山社中(海援隊の前身のこと)ですね、気持ちは。で、その先に水とエネルギーと、まあ僕は簡単に教育というのを上げているんですけれど。僕は今の現状における教育システム自体が、すごく遠回りな気がしている。ああいった勉強の方法を、きちんと現代の社会で、きちんと応用して使っていくということを常々できる人なんて、ほぼいなくて、それがわからない中に教えてしまっていると思うんですね。

例えば歴史のあり方だったりとかしても、「何年に、だれが、どうしました」という、その3つだけを覚えるんじゃなくて、人々のとらえ方の中に、もうちょっと、「どんな時代に、どういう周りの人が、どういう思いをもって何をなし遂げて、どういう死に方をしていったとか」ということを、やっぱりきちんと学んだ方がいい。年号で1年違ったらバツするというテストは、まず意味がないと思っていました。それに、数学でも何でもそうなんですけれど、やっぱり物理的なことを伴った上で、数学って意味をなしていくことがあったりすると思うので。例えば、建築の計算とかですね。

片岡:学んだことを使う目的があってね。

伊勢谷:はい。あと、「公園でアスレチックジムを取り払います」「なんで?」「危ないから」なんてやりとりがあったりしますよね。でも、危なさを知らない子どもが大人になったら、もっと危ない。その現実を大人が知らないという今の社会があるので、そこに対して、僕はすごく憤りを感じています。それから実行しなくちゃいけない形というのは、何となく教育機会の中に見えるので、そういうことをやっていきたい。大学を卒業した彼らが、社会の中で1つ1つ、自分の実行を始めたかなというのを見ながら死ねたらなみたいなのが、今の最終的なビジョンですね。

あとは過程の中で、どんな村ができていくのか、これから環境がどんどん変化するのでハッキリとは言えないですけれど。ただ、政治的にもいろいろかかわりを持たないとと考えています。そうしないと、大きい土地だったり、多数の人を動かせないと思うので。少しずつ、人々に伝えられるだけ伝えて、それに共感した人が僕らの商品を買ってくださるだろうし、それが1つのエネルギーになりますね。そして、お金を払って買っていただいたことで、僕らの会社が回るということが、次のステップに繋がる。そこをまず頑張って、次のチャンスを今は見ている最中...と言えるかもしれません。

片岡:そうすると今の段階は、いろいろなプロダクトをつくって、「REBIRTH PROJECT」という企業を採算性に乗せているところでしょうか?

伊勢谷:そうですね。あと、採算性に乗せるに当たっても、ただ単純にプロダクトをつくってもだめだし、環境のことだけ考えているということでも、実はすごく面白くなくて。やっぱり、すべてのことを同時にやるべきだと思っているんです。例えば地方と都市の格差も含めて、地方に個性もなくなっていったりすることで、人が動かなくなっていったり...結局、そういうことで経済システム自体のふん詰まりになっていると思うんですよね。

僕らのモチベーションとしては47都道府県の失われつつある技術であったり、そういうものと、新しいデザイナーだったりを組み合わせることで、プロダクトアウトしていきたい。それぞれが活性化して、しかも特色を持てるようなところから始まって、最終的にはそこの土地のものというのに、もう1回みんなに目を向けてもらえるようなプロデュースの仕方を僕らがやりたいんです。


アーティストや専門家の協力により、家具を製作する「THE SPIKE SHOW」

片岡:そうですね。

伊勢谷:だから、結局、僕らプロダクトというのをプロデュースはするんですけれども、体力がないので。1人ひとりが在庫を買って、それをもう1回というと相当な力が要りますから。僕らがやりたいことって、やっぱり全体に対して意見があるので、それが散ってしまわないように、それぞれが各プロフェッショナルとして、そこにべったりくっついてやるようにはしているんです。単純にいいプロダクトというだけじゃなくて、それには、「どうして、どういう人たちが」というのがきちんと見えて、それが価値を持っていってほしい。そういう段階ですね。

片岡:私、今、どの地方に行っても、ハチミツから野菜から何から、これだけいろいろな商品化をしている国って、ないじゃないかと思うんです。それは何か、「REBIRTH PROJECT」としても、国全体の動向として、何となく「REBIRTH」 が目指そうとしている方向に、ある部分は国としてミートしている気がします。政治的な意味ではなくて。

伊勢谷:国民の意思として。

片岡:そうそう。何となく、そういうことに共感できる人が増えているような気がしているのかな。

伊勢谷:いや、バリバリしますね。だから、それが僕はうれしいんですよね。僕らが掲げている社会システムの構築、そのパフォーマンスがアートだと言ってはいますが、それもやっぱり横のつながりを持ってこそ。それが今後必要な企業性だったりする。競合にとらわれず、本当にいいことを一緒にやっていくということというのを、1つのビジョンとして大きい企業が持ってくれていると感じます。そういうエネルギーみたいなものを少しずつ感じ始めているし、やりやすくはなってきている。だから、ここでしっかり土台というか確固たるものをもっていたいです。それが前に出るようなものづくりであったり、僕も表面に出るときは、そういうことをきちんと伝えられるように、これから考えていかなければというのがありますね。

片岡:うん。そうですね。今、そういう考えに共感してくれる人は、とても多いと思います。では、そんな「REBIRTH PROJECT」の今後の具体的な活動についても紹介していただいていいですか?

≪次回 第4回 俳優、アーティスト、事業家...伊勢谷友介の目指す姿とは? へ続く≫
 

【伊勢谷 友介】
1976年東京生まれ。1994年東京芸術大学入学後、1997年よりアートユニット「カクト」として制作活動を開始。1999年俳優としての活動も開始。2002年東京芸術大学大学院卒業。2003年「カクト」(劇場公開映画)を監督。2008年株式会社「REBIRTH PROJECT」設立。
 

<関連リンク>
・連続対談:伊勢谷友介のREBIRTH論に迫る
第1回 「ネイチャー・センス展」と「REBIRTH PROJECT」が共にする想い
第2回 「復活(REBIRTH)」とは人間が本当の意味で「考える葦」になること
第3回 47都道府県の失われゆく技術にもう一度光を当てる
第4回 俳優、アーティスト、事業家...伊勢谷友介の目指す姿とは?
第5回 白洲次郎を演じるなかで浮かび上がった新たな思い
第6回「ああしたい」「こうしたい」を実現する元気玉プロジェクト(仮)
第7回 何足のわらじでも履いてやる

・連載インタビュー:ネイチャー・センス展を目前に(全4回)
第1回 日本の自然観を再考し、日本固有の文化を紐解く
第2回 「自然(しぜん)から「自然(じねん)」へ
第3回 「作家が紡ぎ出す、抽象化された自然のインスタレーション
第4回 「ネイチャー•センス」喚起!見えてくる日本のカタチ

「ネイチャー・センス展: 吉岡徳仁、篠田太郎、栗林 隆
 日本の自然知覚力を考える3人のインスタレーション」

 会期:2010年7月24日(土)~11月7日(日)

カテゴリー:01.MAMオピニオン
森美術館公式ブログは、森美術館公式ウェブサイトの利用条件に準じます。