2010年11月18日(木)

驚きと発見、そして感動!レクチャー「虫の眼から見た自然」

書籍『アリになったカメラマン』(講談社、2002年)と題された本の作者である、栗林慧さん。実は「ネイチャー・センス展」出展作家の栗林隆さんのお父様です!今回のレクチャーでは、生物生態写真・映像作家の栗林慧さんから、40年にわたり独自に開発した写真・映像技術で記録してきた、驚きの虫の世界をご紹介いただきました。


独自に開発した撮影技術と、その開発プロセスを語る栗林さん

栗林慧さんは自身で発明した「クリビジョン」というカメラを片手に、アリの目線から昆虫たちの世界を映し出します。レクチャーで上映されたビデオ作品『草間の宇宙』では、地上から1cmの地面を這うように進むカメラが昆虫たちの活動を活き活きと映し出し、見ている側まで本当に虫になった気分です。トノサマバッタがまるで猫のように足を使って顔そうじをしている姿、ショウリョウバッタが草を手に持ってもぐもぐと食べている様子、「近くで見るとなかなかひょうきんな顔をしていること、顎が左右に動くことなどまでよくわかる」と栗林さんは言います。

眼で見る虫は手のひらに乗るほどの大きさしかありませんが、大きく画面に映し出されたこの昆虫は果たしてどのようにして撮影されたのでしょうか?「写真を撮り始めた40年前はもとより、現在でも通常のカメラでは、これほど鮮明に姿を映し出すことは不可能。何とかこの昆虫の素晴らしい世界を撮影したいと思った」と言う栗林さんは、不可能を可能にする様々な技術を自ら開発し「クリビジョン」を発明しました。ミツバチが花の蜜を集めに来た瞬間を捉える光センサーを利用したシャッター、チョウやバッタの飛ぶ様子をひとコマずつ連写するマルチストロボや、医療用の内視鏡を応用しアリの狭い巣の中までつぶさに撮影できるレンズ。また、3cmの目先にいるカマキリの遥か彼方後方にたなびく白い雲までがくっきりと映る被写界深度が深いレンズに至っては、進化する技術と共に実験を重ね、なんと20年もかけて実現したそうです。独自で開発されたこの技術は、幅広い分野の研究者から多くの賞賛を受けました。


栗林さんのお話は日本の自然環境にまで及びました

これほどまで熱心に情熱を傾けた栗林さんは、昆虫の魅力について「変化に富み、興味がつきない」と言います。その言葉通り、レクチャーでは初めて見る虫たちの様子に驚かされるばかりでした。生物多様性の重要性についてあちこちで聞かれる今日ですが、世界の生物の70~80%を昆虫が占めるそうです。栗林さんは「その不思議な生態はこれまでも多くの芸術家たちを魅了してきたが、昨今ではその生態や複雑な手足の動きの仕組みが、ロボット工学や医学にまで応用され研究されている」こと、また「湿潤な気候の日本は、昆虫が多すぎると言ってもよいほど生息しているが、地球の温暖化や、昼夜問わず明るい都会のおかげで虫たちの生態系も変わってきている」ことについても指摘しました。日本では秋にスズムシの声を楽しむなど、古くから季節とともに虫たちと暮らしてきましたが、今回の栗林さんのレクチャーは、改めて私たちを取りまく自然と環境、また「ネイチャー・センス展」で考察する日本の自然観にも新しい視点を投げかける良い機会となったのではないでしょうか。
 

<関連リンク>
「ネイチャー・センス展: 吉岡徳仁、篠田太郎、栗林 隆
日本の自然知覚力を考える3人のインスタレーション」

会期:2010年7月24日(土)~11月7日(日)

カテゴリー:03.活動レポート
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