2011年3月 8日(火)

展覧会づくりは、作家と観客のはざまに立ったせめぎ合い 公開セッション『日本、現代美術の可能性』(3)

キュレーターにとって、アーティスト以上に大切なのは観客。東京オペラシティ アートギャラリー、横浜美術館、森美術館の3館のキュレーターによる鼎談は、アーティストの意向と共に、観客へ配慮した展覧会づくりの難しさについての話題へと発展していきました。


当日は、多くの観客が集まり、熱心にキュレーターの話に耳を傾けていました

荒木:その作家がやりたいことや作家が必要だと思うこと、それに寄り添うことももちろん大事だし、彼らのモチベーションをずっと保ち続けることもキュレーターの大事な仕事ですが、一番大事にしなければいけないのはオーディエンス、観客だと思うのですよね。そのせめぎ合いの経験、工夫していることはありますか。

堀:東京オペラシティ アートギャラリーの場合、車いすの方が鑑賞できるように通路の幅を確保するとか、キャプションの文字の大きさなどの点は気を使います。ただし、今回の曽根裕展に関して言えば、作品解説には気を使いませんでした。

荒木:横浜美術館ではいかがですか。

木村:堀さんがおっしゃっているようなバリアフリーのような細かいことは、美術館としては当然のことにように考えていても、アーティストにとっては作品に大きな影響を与えてくる場合もありますね。

横浜美術館の場合、公立の地方の美術館ですので、現代美術に特化しているわけではなく、古い時代の展覧会をやることもあります。現代美術の展覧会は、年に1回ぐらいのペースです。現代美術の展覧会に慣れているお客さんだけではない、観光目的で横浜に来られる方たちもいるし、横浜美術館の展覧会というのを常に見続けている方が来館される場合も多い状況になってくると、「現代美術の専門館ではできても、うちでは難しい」ということも増えてきます。それが作品に直接影響を与えてくるような場合には、プランを改変しなくてはならない場合も出てきます。特に高嶺格さんのようなインスタレーションの作品だと、それが作品そのものを変えるという行為に繋がる可能性が高くなるので、作家とのディスカッションは非常に気を使いますね。

今回の展覧会も、2008年ぐらいから本格的に動き始めたのですが、その頃、高嶺さんはせんだいメディアテークでちょうど個展をオープンされたばかりでした。そのときの展示は、目の見えない方がツアーガイドとなって、展示を鑑賞するという展覧会でした。

そのコンセプトを、もう少し発展させて横浜でやりたいというプランが最初に出てきました。仙台の場合は、1回当たり10人から20人ぐらいでツアーを組んで、1人の目の見えないガイドの方が、一つのグループを案内するというスタイルでしたが、横浜では難しいのではないかという話になりました。平日であれば、1時間に1回ぐらいのペースでツアーを組んでいくこともできますが、週末にたくさんのお客さんが来たとき、どうやって対応するのか。お客さんを制限してしまうと、収支のバランスが合わないなどの問題も出てきます。予約制にしたとして、平日の午前中など人がほとんど来ないときに空いてしまうと、これもまた美術館として困るということがあって、さまざまな検討をした結果、結局そのプランはなくなりました。そこから、また展覧会を一からつくり直すことになったのです。

これは横浜美術館という場所だからこそ出てきた制約でもあるだろうし、展覧会というのは、それぞれの場、あるいはそこにいる人によって大きく変わってくるものです。そのときに、できるだけ幅広いオーディエンスに対して等しくサービスを提供したいという美術館の姿勢と、アーティストが目差す表現を最大限かなえたいという思いの間には、常にせめぎ合いが起きますよね。

荒木:そうですよね。解説も一解釈であって、決して正解ではありません。裏話は、一般の方は、作品を見ただけではわからないわけで、わからなくても全然構わない。その作品の力で何かを感じとるということが、もちろん一番大事だとは思うのですが、私が一番残念に思うのは、現代美術というと「ちょっと、よくわからない」、「何を言いたいのかわからない」、「これは何の意味なんですか?」、「何を表現しているんですか?」、「難しいです」という反応が、一般のお客様からものすごく多いということです。

自分なりに何かを感じとる方もいるかもしれないけれども、素通りされてしまうことも多い。「どう見ていいかもわからないし、何が何だかわからないから、素通りしてしまって、もう二度と来ない」ということが一番悔しいので、どんなにアーティストに反対されても、なるべく解説を加えようというふうに努めています。アーティストは作品がどう見えるか、作品そのものが命かもしれませんし、キュレーターにとってはそれも大事だけれども、オーディエンスにどうやって伝えるかということが最大の使命だと思うのです。

今回も「小谷さん、嫌がるかな」と思いましたが、美術館の状況をふまえて説得したら、本人は望んでいませんでしたが、幸い受け入れてくれたので、作品解説をほとんどつけています。あくまで解説は何かのきっかけになればいい、鑑賞の一助になればいいと思っています。もちろん、見慣れている方は「こういうの、うっとうしいんだよ」というふうに思うかもしれません。けれど何らかのガイダンスというものはしようと努めています。そういう意味では、解説を省いた「曽根裕展」は、オーディエンスにとってはちょっとわかりにくかったかな。

堀:確かにそういう部分はあるかもしれません。
 

<関連リンク>

・公開セッション『日本、現代美術の可能性』
第1回 作品を通してオーディエンスと繋がっていくアーティストたち
第2回 現代美術とは、生身の作家と一緒に仕事をすること
第3回 展覧会づくりは、作家と観客のはざまに立ったせめぎ合い
第4回 アーティストから、現代美術の考え方を学んだ
第5回 展覧会の企画は、"博打"のような感じではじまる
第6回 面白い展覧会づくりのために、自主規制を突き崩す!
第7回 美術館が連携して日本のアートシーンを盛り上げていきたい

「曽根裕展 Perfect Moment」
 東京オペラシティ アートギャラリー
 会期:2011年1月15日(土)~3月27日(日)

「高嶺格:とおくてよくみえない」
 横浜美術館
 会期:2011年1月21日(金)~3月20日(日)

「小谷元彦展:幽体の知覚」
 会期:2010年11月27日(土)~2011年2月27日(日)

カテゴリー:01.MAMオピニオン
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