2011年12月13日(火)

理想の未来像を描くことは簡単ではない 映像プログラム「スター・シティ」を上映した、アージェント・トーク008

ポーランドで2017年に開館予定のワルシャワ近代美術館。完成すればヨーロッパ最大規模の近現代美術館となる予定である。そのプレ・イベントとして企画された「美術館建設中。東京-ワルシャワ」は、第1部として国立新美術館でポーランド人作家を中心としたシンポジウムが開催され、第2部として森美術館で開催されたのが、この「アージェント・トーク008:ビデオ上映「スター・シティ」とパフォーマンス」である。映像作品の上映を核に、ワルシャワ近代美術館キュレーターのトークや、ポーランドを代表する現代美術作家のパヴェウ・アルトハメル監修のパフォーマンスで構成された。


「スター・シティ」展覧会ポスター 2010年(ブワジェイ・ピンドル)

5作品からなる映像プログラム「スター・シティ」は、英国のノッティンガム・コンテンポラリーで開催された同名の展覧会を元に、共同キュレーターの1人でワルシャワ近代美術館のウーカシュ・ロンドゥーダが再構成したもの。「スター・シティ」とは冷戦下の宇宙軍事技術開発競争において、ソ連の覇権獲得のために不可欠な宇宙飛行訓練の秘密施設で、東欧圏に明るい未来をもたらすはずのものであった。しかし、その後1989年ベルリンの壁崩壊、91年ソビエト連邦解体を経て、思い描かれた未来はかなわぬものとなる。このような歴史的背景を元に、本プログラムでは、共産主義政権崩壊後のヨーロッパで活躍をはじめた5作家の映像作品を紹介し、冷戦期の共産主義政権下における未来への夢と希望を、今日の視点で再考する。


パヴェウ・アルトハメル
《共同作業》
2009年
Courtesy: Open Art Projects; Foksal Gallery Foundation, Warsaw and neugerriemschneider, Berlin

上映作品の1つ、デイマンタス・ナルケヴィチゥスの《ソラリス再訪》(2007年)では、近未来の未知なる惑星に心理学者が派遣されるソ連映画「惑星ソラリス」(アンドレイ・タルコフスキー監督)の主演俳優がその心理学者役を再び演じる。パヴェウ・アルトハメルの《共同作業》(2010年)では、金色の衣装を身に着け宇宙人に扮した作家とその友人が出演し、アレクサンドラ・ミル《月の最初の女性》(1999年)では、オランダの砂浜を月面に見立て、丘やクレーターが形作られ、1人の女性がアメリカ国旗と共に映し出される。このように、上映作品は、なんらかの形で60~70年代の宇宙飛行やSFに言及する。また、オトリス・グループ《オトリスI》(2003年)では、主人公の女性のモノローグが彼女の祖母と世界初の女性宇宙飛行士の出会いの物語を紡ぎ出す。この作品をはじめ上映作の大半では、過去と未来、現実とフィクションが重層的に交差する。


パヴェウ・アルトハメル
《共同作業》
2009年
Courtesy: Open Art Projects; Foksal Gallery Foundation, Warsaw and neugerriemschneider, Berlin

上映作のいくつかでは、無機的で威圧的な建築物や、不恰好な電子機器など、60~70年代の共産主義時代に見られたであろうデザインが映し出され、私たち日本人にはエキゾチックにすら見える。ダヴィッド・マリィコヴィチ《新しい遺産の情景》(2004年)でも、そのような建築物が映し出される。それは、共産党政権下のユーゴスラヴィアで、現クロアチアのペトロヴァ・グーラに造られた第2次世界大戦の戦没者慰霊碑で、2045年にそこを訪れた若者たちは、記念碑が過去の遺物で今日では無用の長物であると主張する。時代と権力の変遷により、同じものが別の意味を帯びるという、ユニバーサルな主題をそこに読むことができる。森美術館の「メタボリズムの未来都市展」で紹介される《中銀カプセルタワービル》も、竣工時の1972年には、新陳代謝によって増殖・変化をとげる未来への発展の象徴的存在であったが、現在では、一部の建築デザイン・マニアが購入を熱望するなど、レトロ的コレクターズ・アイテムとしての意味合いをも持つ。このように、本上映作品で描かれる旧東欧の事象を、日本国内の同様な事象と比較すると、異国のエキゾチックな物語が突然リアリティを帯びだす。


黒川紀章 《中銀カプセルタワービル》 1972年 東京
撮影:大橋富夫


黒川紀章 《中銀カプセルタワービル》 部分 1972年
「メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」展示風景、森美術館
撮影:渡邉 修

善悪の二項対立が明解だった冷戦時代、未来への夢を語ることはさほど難しいことではなかった。ところが、当時のユートピア像が単なるフィクションであると分かってしまった今、そして、資本、政治、通信のグローバル化により、多様なものごとが複雑に絡まり、善悪の単純論が成り立たなくなった今日、理想の未来像を描くことは簡単ではない。しかし、そんな中、旧東欧の夢物語の失敗を、想像力を働かせて自分の物語として読み解くことは、私たちの新たな未来像を作る一助となるのではないだろうか。歴史は繰り返すのだから。

文:近藤健一(森美術館アソシエイト・キュレーター)
 

<関連リンク>

・アージェント・トーク001
ミュンスター芸術大学で教鞭をとる国際的アーティスト、スーチャン・キノシタのトークを聴いて
・アージェント・トーク002
石内都、会田誠や横尾忠則らが見た日米関係‐映画「ANPO」特別上映参加者募集!
・アージェント・トーク003
佐々木監督を迎えて 映画『ハーブ&ドロシー』トークセッション
・アージェント・トーク004
さらなる国際化を目指して~チリの現代アート事情に迫る!
・アージェント・トーク005
既成概念を打ち破り発展するアートセンター、ル・コンソルシウム
・アージェント・トーク006
アーティストと美術館が語り合った"アートの本質"とは -「美術館に招かれるようでいて、実は美術館を招く」
・アージェント・トーク007
田中功起 レポート
・アージェント・トーク008
理想の未来像を描くことは簡単ではない 映像プログラム「スター・シティ」を上映
・アージェント・トーク009
ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニの映像作品に見る「歴史への視点」
・アージェント・トーク010
アート顧客拡大に向けたデジタル・メディアの効用法‐英国テートの例
・アージェント・トーク011
アジアの歴史的な美術や文化を現代に繋げる。サンフランシスコ、アジア美術館の進む道

カテゴリー:03.活動レポート
森美術館公式ブログは、森美術館公式ウェブサイトの利用条件に準じます。