2012年7月18日(水)

説明無しでも強烈なエネルギーを発する作品
松井冬子×片岡真実 MAMCナイト対談ギャラリートーク(4)

「イ・ブル展」MAMCナイトで、画家の松井冬子さんをゲストに迎えて行った対談ギャラリートーク。前回、イ・ブルの「ユートピア思想」から自身の「死」に対する考え方を語った松井さん。今回は、巨大な水槽の展示が印象的な《天と地》も観賞しながら、説明無しでも強烈なエネルギーを発する作品の強さ、展示でのこだわりについて話が膨らんでいきます。


MAMCナイト会場風景
撮影:御厨慎一郎

片岡:巨大な浴槽のようなものは《天と地》という作品です。モチーフのモデルになっているのは、北朝鮮と中国の国境にある白頭(ペクトゥ)山。金正日(キム・ジョンイル)もそこから生まれたということになっている、朝鮮半島全体の霊山です。
韓国の人たちは南北問題のために、直接その山に行くことができません。山の一番上にあるいカルデラ湖、天池(チョンジ)の風景を模しているのと、同時に巨大な浴槽もモチーフになっています。独裁政権時代、最も一般的に使われていた拷問が、浴槽の中に顔をつける方法だったらしく、社会の抱えている暗い記憶とこの黒い液体との関係が示唆されています。上にある2つのシャンデリア作品は、先ほどのブルーノ・タウトシリーズのなかのものです。《天と地》の黒い湖面上で、タウトの理想郷と韓国もしくは朝鮮半島の人たちの霊山に対する思いが呼応するような位置関係になっています。


中央の作品が《天と地》
「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」展示風景
撮影:渡辺 修

松井:そのコンセプトを聞くと感慨深いですね。作品の見た目から一番好きです。中で船に乗って進みたい気持ちになりますね。1cmくらいの人間になって、本当にすばらしいと思います。
いい作品は「すばらしい」しか出てこないですよね。「なぜ美しいのか」「なぜ好きなのか」という感想を考えるのにすごく時間がかかる。パッと見て、「ああ、すごいな」って思うものは「すごい」としか言いようがないというか。

片岡:今回の展覧会では、彼女の個人史や韓国の社会的な背景に言及している作品が多いのですが、その説明を一切なくしても訴えかけてくる造形力やイメージの力があります。
松井作品も同様ですが、解説を読むと大変おもしろい一方で、全く説明を読まずとも作品から湧き出てくる強烈なエネルギー、パワーもあるなと。

松井:ありがとうございます。

片岡:視覚の力ですかね。

松井:視覚にほとんど頼って生きているので、視覚から得られる情報、例えば、コンセプトは別にそこになくても、視覚から訴えられてくるものは一番強く、そこで感動を得られるので幸せですね(笑)。この作品はすばらしい。

片岡:松井さんの作品はサイズがいろいろあるじゃないですか。今回、展覧会をやって、空間の構成もキュレーターと一緒に考えられたと思いますが、自分の作品が見せられる空間との関係は、どのように考えていらっしゃいますか。

松井:作品によってそれぞれあって、共鳴を意識した作品に関しては、できるだけ部屋を狭くして、圧迫感があるようにしたり、壁の色もだんだんそこに集中するように、どんどん黒くしたりしています。ちゃんと見なくてはわからないですが、最初は80%ぐらいの黒を、100%の黒にして、だんだん薄くなっていくように設定しています。

片岡:ドラマティックでしたよね。

松井:そうですね(笑)。結構わかりやすくしていると思います。

片岡:イ・ブルの展示も、真っ白い部屋があって、真黒い部屋があって、鏡張りの部屋があってというような空間体験を意識しています。イ・ブルは空間との関係にも繊細な注意を払っている人です。図面上で理解するというよりは、その場で感覚的に理解している。メーキングの映像を見ていただくとわかりますが、展示中はずっとこの空間に立って、模型と空間との関係を感じとろうとしている様子に、とても好感が持てました。

松井:来て見て、実感しないとわからないものはあると思います。

片岡:作品のコンセプトもそうですが、この空間にどう置いて、観客の方たちにも、どのように体感をしてもらうかが重要です。照明ひとつとっても、そうです。

松井:人の体感する視点の位置、間隔、狭さはその場に来て見ないと、図面でやってもわからないです。アナログな力を信じているところは好感が持てますね。

片岡:展覧会も、いろいろなウェブサイトやカタログで見ることができますが、それがペインティングだったとしても、本当に実物の力はすごいと毎回思います。

松井:そうですね。

<関連リンク>

・松井冬子×片岡真実 「イ・ブル展」MAMCナイト対談ギャラリートーク
第1回 松井冬子さんとイ・ブルの共通点、作品に込められた「不安・恐怖・痛み」
第2回 彫刻家と画家の違い、〜制作のスタンス・大事にする感覚・進め方
第3回 松井冬子の「死」、イ・ブルの「ユートピア」
第4回 説明無しでも強烈なエネルギーを発する作品
第5回 社会に対するパンクな精神に共感する

「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」
会期:2012年2月4日(土)~5月27日(日)

設営風景「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」(flickr)

「イ・ブル展」アーティストトーク2012/2/4(flickr)

展示風景「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」(flickr)

「イ・ブル展」はこうしてつくられた!
普段見られない舞台裏に潜入したフォトレポートをご紹介します。(Blog)

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