2012年10月 3日(水)

素材に見る西洋×東洋、様々な文化的、政治的背景、歴史、社会構造
キュレーターインタビュー 荒木夏実(2)

森美術館で好評開催中の「MAMプロジェクト017: イ・チャンウォン」(2012年10月28日まで)。前回、イ・チャンウォンのバックグラウンドや、作品の特色について語った荒木。連載第2話では、彼の作品の素材について訊きました。

― イ・チャンウォンは、彫刻とは思えない、珍しい素材を使っていますね?

荒木:例えば彼の代表的な作品のシリーズにコーヒーの粉やベニバナ、お茶の葉などの食品を使って、まるで絵画のようなイメージをつくり出すものがありますが、そのような、本当にひと吹きで崩れてしまうような繊細な素材を多く使用しています。


お茶の葉を使った作品を制作中のイ・チャンウォン


《壊れやすい楽園》
2008年
ベニバナによる壁のインスタレーション
展示風景:space*c コリアナ美術館(ソウル)
Photo:Park Hyun Jin

この作品群は一見、遠くから見ると、本当にキャンバスに人物像が描かれているよう見えますが、近づいてみると実はそれはキャンバスではありません。非常に薄く幅の狭い白い板がブラインド状に壁に設置されていて、その棚1つ1つにお茶の葉などが置いてあります。それを遠くから見るとぼんやりとした像をつくり出すという仕掛けになっているんです。
ですから、このシリーズの作品は、展覧会の期間だけ、その展覧会場に存在し、会期が終わったら消えてなくなってしまうのです。

― どうして食品を使うようになったのでしょうか?

荒木:そのきっかけは、ドイツにあります。彼が韓国からドイツへ渡った時、韓国とドイツの食文化の違いに非常に驚いたようなんですね。「あなたは、あなたの食べたものでできている」ということわざがあるんですが、まさにそれを体感して、最初はパンやトウモロコシ、ソーセージなどのドイツの食品を使って、さまざまな試作品を作り始めました。それが発展し、茶葉やコーヒーを使う作品へと変わっていったんです。

彼は、「お茶の葉というのは、どちらかというと東洋的なものというふうに感じた」と言っています。確かにお茶は中国やインド、もちろん日本でもつくられているものです。それに対してコーヒーは、どちらかというと西洋文化に根差しているものという認識があります。そこから想起される歴史、社会の構造など、食品をめぐるさまざまな文化的、政治的背景を意識して作品に取り入れていると思います。


《万歳!》 写真左 2009年
挽いたコーヒーの粉による壁のインスタレーション
《南山の日》 写真右 2009年
挽いたコーヒーの粉による壁のインスタレーション

例えば、韓国人はすごくコーヒーが好きで、スターバックス・コーヒーのようなコーヒーショップもたくさんあり、非常に安い値段でコーヒーが飲めるそうです。今やコーヒーを飲む習慣は韓国人にとって切っても切れないものになっている。そういうところに、西洋文化の影響下にある自分の国というものを意識したようですね。さらにはコーヒーの巨大マーケットの裏にある、消費国と生産国の間にある搾取の構造も。
 

<関連リンク>

・インタビュー:「MAMプロジェクト017: イ・チャンウォン」 キュレーター・荒木夏実
(1)韓国のアカデミックなアート教育と、それから解き放たれた「儚い彫刻」
(2)素材に見る西洋×東洋、様々な文化的、政治的背景、歴史、社会構造
(3)現実とその影の狭間に、冷静なまなざしを向ける~

「MAMプロジェクト017:イ・チャンウォン」
会期:2012年6月16日(土)~10月28日(日)

「脱け出した」シルエットが舞う≪パラレル・ワールド≫
-- イ・チャンウォン:アーティスト・トークレポート

トレイラー映像(YouTube)

設営風景(flickr)

展示風景(flickr)

カテゴリー:01.MAMオピニオン
森美術館公式ブログは、森美術館公式ウェブサイトの利用条件に準じます。