2012年12月27日(木)

世界が注目するアラブ美術
~アラブ現代美術の今(1)

2012年6月16日に開催された「アラブ・エクスプレス展」シンポジウム。その基調講演では、本展アドバイザーでもある近現代アラブ美術史家サルワ・ミクダーディ氏にアラブ美術の現状をお話いただきました。なぜ、いまアラブ美術は世界から注目されているのでしょうか。講演の様子を全4回にわたりお届けします。


サルワ・ミクダーディ(近現代アラブ美術史家)
撮影:御厨慎一郎

ラクダ、原油からポストモダン建築、人工島へ~変貌するアラブ

1970年に開催された大阪万博では、最初の1カ月間に100万人以上の日本人がサウジアラビアのパビリオンを訪れました。パビリオンは人気があり、来場者たちは展示されていた砂丘の砂を取り、記念に持ち帰ったので、サウジアラビア館の担当者は、本国へ補給用の砂をもっとたくさん大阪へ送ってもらうように頼まなければなりませんでした。

当時好評を博した展示はアラブの馬やラクダの映像、誰もが渇望する薄黒い宝物(=原油)を噴出する採掘ストリング、アラブのマジリス(客間)あるいはサロンなどであり、特に人気があったのは金糸でアラビア文字が刺繍されたカアバ神殿を覆う布でした。

現在、国際産業展が開催される際、湾岸諸国のパビリオンで紹介されるのは、世界一の高層建築をイメージさせるポストモダン建築、人工島、世界の著名な建築家たちが設計した巨大博物館などです。この地域は変化が激しく美術も例外ではありません。

長い間、疎外されていたアラブ世界の美術は、今ではオークションで高く評価され、世界中のビエンナーレや美術館、キュレーターから注目を浴びています。アラブ美術が無名の存在からスターになった理由はたくさんあります。すべての解答は持ち合わせていませんが、現在のアラブ美術に光を当て、なぜアラブ美術が最前線に踊り出たかを知るために、この20年を振り返ってみたいと思います。


ダマスカス(シリア)のスーク(市場)1970年代の様子


2013年アブダビ(アラブ首長国連邦)に建設予定のグッゲンハイム美術館の模型

80年代、90年代のアラブ美術

かつて欧米のキュレーターは、地域特有の性質をもつアートを探していました。しかし1990年代以前にアラブ美術の中で優位に立っていたのは抽象芸術、または象徴主義の形式的な絵画や彫刻で、その中に彼らが求める要素は見つかりませんでした。また、80年代のパレスチナのインティファーダに触発された政治的美術はプロパガンダと見なされました。欧米の人たちにとってアラブ美術は、イスラム美術という既成概念を確認できるものでなければならず、イスラム美術はアラブ人やアラブ世界で暮らす少数民族が制作した作品のことを指す言葉でした。
今ではイスラムという宗教、あるいは中東などの地域によって美術を分類することについて、異議が唱えられています。(例えば、大英博物館のコレクションはイスラム美術と称され、カリグラフィーが中心でしたが、最近はあらゆる形式の美術を採り入れるようになりました。)90年代になると、女性作家の作品やジェンダーの問題に関連した作品が欧米でもてはやされました。ありがたいことに今では過剰なほどです。また、アラブ世界の美術の歴史は国によって異なり、100年以上の歴史を持つ国もあれば、30年にも満たない国もあります。このことは本展のキュレーターの方々も指摘されていました。


シンポジウム風景
撮影:御厨慎一郎

美術こそがアラブ問題を浮き彫りにした

今日のアラブ美術は明らかに政治的であるようですが、アラブのアーティストは他国のアーティストと同じように生活の中で起こる変化に反応しています。そのため、彼らの美術は普遍的な問題だけでなく、社会、経済、環境をテーマにした場合でも本質的に政治的になるのです。世界がアラブ美術に関心を持つことは、政治や世界経済のグローバル化を反映しています。したがって、イラクで今日起きていることは北米の人々の生活に影響を与え、イランで起きていることは日本の経済に影響を与えます。この20年間、この地域はニュースで大きく報道されてきました。「対テロ戦争」で家族を失ったアメリカ人やその他の国の人たちは、この地域についてもっと知りたいと思っているのです。

美術はこの地域の問題を、世界中の文化施設に送り届けました。そして、この地域で事業を行なっている企業は美術を進んで支援するようになりました。米国のイラク侵攻、9.11、その後の対テロ戦争以降、主流メディアはテロとイスラムを同一視するようになり、アラブの人たちはほとんど情報を発信しなかった一方で、美術はベールに包まれた女性や破壊を取り上げたため、注目を浴びるようになったのです。この地域を理解したいという偽りのない興味が湧き起こったわけですが、その国の人々、特に若者たちの声を届けるような取り組みはほとんどありませんでした。しかし、こういった状況は、今回の森美術館のような展覧会が開催されることで一変し、紹介された作品は、この地域の美術をより正確に表現するようになりました。


シンポジウム風景
撮影:御厨慎一郎
 

〈関連リンク〉

・アラブ現代美術の今
(1)世界が注目するアラブ美術
(2)躍動するアラブのアーティストたち
(3)変化を続けるアラブ美術の行方
(4)アラブの春が美術に与えた影響とは

「アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る」
2012年6月16日(土)-10月28日(日)

アラブの翻弄された歴史と政治 "砂漠"を舞台にした作品から読み解く

「アラブ・エクスプレス展」設営風景(flickr)

・「アラブ・エクスプレス展」展示風景(flickr)
Section1
Section2
Section3 & Lounge

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」南條史生編
(1)70年代当時と現在のアラブを比較して~
(2)世界が注目する、アラブの現代美術とその理由~
(3)展覧会開催が、文化外交、相互理解に繋がれば~

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」近藤健一編
(1)アラブの世界の中の多様性を日本に紹介したい~
(2)本展のみどころ"黒い噴水"やアラブ・ラウンジについて

カテゴリー:03.活動レポート
森美術館公式ブログは、森美術館公式ウェブサイトの利用条件に準じます。