2012年12月27日(木)

変化を続けるアラブ美術の行方
~アラブ現代美術の今(3)

サルワ・ミクダーディ氏による「アラブ・エクスプレス展」シンポジウムの基調講演レポート第3回目では、アラブ美術と周辺事情、資金援助や増え続けるギャラリーや美術館、ビエンナーレなど、変化していくアートシーンを紹介します。


会場からの質疑に答えるサルワ・ミクダーディ
撮影:御厨慎一郎

増加する資金援助と変化するアートシーン

かつて国際的な美術に対する資金調達は限られていたので、アラブ以外の国のキュレーターはこの地域の展覧会を、経済的で輸送も簡単なビデオアートに絞っていました。しかしこの10年間に、展覧会やビエンナーレはその活動範囲を広げ、アラブ美術のアーティストやこの地域の研究を行なっているキュレーターをより多く参加させるようになりました。

1990年代後半になると、特にヨーロッパの官庁による国際的な資金調達が増加し、欧州におけるアート・プロジェクトとその流通の数が目立って増えるようになりました。外国からの資金援助は、ヨルダンのダーラト・アル・フヌーン(来年25周年を迎える)のような数少ない現地の機関を除いて、アラブ美術のための多くの草の根的な組織にとって、唯一の資金源です。過去12年間で、この生まれたばかりのアートシーンは劇的に発展しました。90年代後半にはアラブ世界で30、40しかなかったNPOの美術団体が、現在は200以上に増えました。この劇的な増加は、特にモロッコ、チュニジア、アルジェリア、エジプトなどの国で顕著です。これらの機関は大体35歳未満の若い美術専門家、アーティスト、美術活動家によって設立、運営されています。この地域の人口の60パーセントが30歳未満であるアラブ世界の人口構成を反映しているからです。最近は草の根的なアート団体がこの領域に加わり、資源を共有しながら外部からの資金なしで運営することを固持しています。

レバノンは「知的」美術制作の中心地として、カイロとともに再びその地位を確立しています。一方、ドバイは通商の中心地となっており、アブダビ、ドーハ、シャルジャにある政府直営機関が世界中の人々を新しい美術館やビエンナーレに呼び込んでいます。カイロとシャルジャにおけるビエンナーレ、ベイルートのホームワークス、モロッコのアシラおよび映画祭も、国際的なアーティスト、キュレーター、美術館を招聘してアラブのアートシーンの発展に役立っています。

アラブ美術の発展に寄与する最近の動きとして、アーティスト・レジデンスがあります。多くの新進気鋭のアラブのアーティストがこうしたレジデンス・プログラムに参加して初めて世界に触れ、ネットワークや同輩との意見交換を通してキャリアを高めています。国際的なアーティストが招聘され、この地域で研究や展示を行ない、教鞭をとっています。

また、外国の文化センターもあらゆるアラブ諸国の美術と文化のための資金を増額しました。政府が美術をソフト外交の一形態と見なしているからです。


サルワ・ミクダーディ(近現代アラブ美術史家)
撮影:御厨慎一郎


「アラブ・エクスプレス展」展示風景
撮影:木奥恵三

高騰するアラブ美術と増え続ける文化施設

最後に重要な事柄は、湾岸諸国に起こった2003年の好況がオークションハウスを招き、アラブ美術を初めて国際的市場に定着させたことです。ボンハム・オークション、または、クリスティーズ、サザビーズは、アラブ美術の価格を吊り上げました。ドバイで売れる作品は、カイロやベイルートのギャラリーで売られる価格の10倍にもなりました。10年前にはドバイにわずか3つだったアートスペースやギャラリーが、今では130もあります。アートフェアもドバイ、アブダビ、ベイルート、マラケシュで盛んに行われています。ドバイ、アブダビ、ドーハ、そしてベイルートに計画されている美術館はさらに美術の安定的かつ継続的なサポートを確かなものにすると思います。

残念なことに、美術教育は美術市場に比べるとずっと遅れています。湾岸諸国では、美術実技の最終学位を授与する学部は3つに限られ、美術史を扱う学部はありません。

現在、アラブのアーティストはますます、一般市民と関わりを持つようになっています。アラブの春は美術をギャラリーから街中へ引きずり出しました。タハリール広場のデモに参加したアーティストは、先頭に立って壁や通りに壁画やグラフィティを描きました。

アラブの春がどう美術を変えたかという質問をよく受けますが、長い目で見てビジュアルアートにどう影響するか、あるいはカイロのタハリール広場やサヌアの変革広場で始まった大衆との対話がいつまで続けられるかはまだ分かりません。美術と市民の接近は、エジプト、イエメン、シリアの普通の人々の美術に対する見方に変化を与えるでしょうか。


「アラブ・エクスプレス展」展示風景
撮影:木奥恵三
 

〈関連リンク〉

・アラブ現代美術の今
(1)世界が注目するアラブ美術
(2)躍動するアラブのアーティストたち
(3)変化を続けるアラブ美術の行方
(4)アラブの春が美術に与えた影響とは

「アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る」
2012年6月16日(土)-10月28日(日)

アラブの翻弄された歴史と政治 "砂漠"を舞台にした作品から読み解く

「アラブ・エクスプレス展」設営風景(flickr)

・「アラブ・エクスプレス展」展示風景(flickr)
Section1
Section2
Section3 & Lounge

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」南條史生編
(1)70年代当時と現在のアラブを比較して~
(2)世界が注目する、アラブの現代美術とその理由~
(3)展覧会開催が、文化外交、相互理解に繋がれば~

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」近藤健一編
(1)アラブの世界の中の多様性を日本に紹介したい~
(2)本展のみどころ"黒い噴水"やアラブ・ラウンジについて

カテゴリー:03.活動レポート
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