2013年6月27日(木)

愛は壊れやすいもの、でも期待せずにはいられない
―チャン・エンツー
~7組のアーティストたちによる愛のかたち。(前編)

台湾出身のチャン・エンツーのトークから始まった、来日アーティストたちによるリレートーク「All You Need Is LOVE」。4月26日の夜、チャン・エンツー、エンタン・ウィハルソ、ゴウハル・ダシュティ、寺岡政美、榮榮(ロンロン)&映里(インリ)、ローリー・シモンズ、アルフレド・ジャーの7組の「LOVE展:アートにみる愛のかたち」出展アーティストが登場し、それぞれの作品の前で制作背景や想い、愛について語りました。本レポートでは、前編・後編の2回で、イベントの内容をご紹介します。


本展担当の荒木夏実(森美術館キュレーター)より、アーティストを紹介。左から、チャン・エンツー、エンタン・ウィハルソ、ゴウハル・ダシュティ、寺岡政美、榮榮&映里、ローリー・シモンズ、アルフレド・ジャー。


愛は壊れやすいもの、でも期待せずにはいられない~チャン・エンツー


チャン・エンツー

トークのトップバッターを切ったのは、チャン・エンツー(1983年台湾生まれ)。3つの展示作品《"二人は永遠に幸せに暮らしましたとさ"って?》(2009年)、《なんて勇敢な!―1》(2007年)、《なんて勇敢な!―2》(2008年)のカンヴァスに刺繍で描かれているのはおとぎ話のヒロインのようだが、その顔に笑顔はない。「私はいつもおとぎ話の主人公の裏の顔を探っている」と語るチャン。人間関係や家族の愛、友情などは日々を生きていく糧となるが、そのために不安も生まれるという。モチーフは完璧なヒロイン像ではなく、永遠の愛への不信感や期待外れの状況といった、喪失感、不安感を表現している。チャンにとって、「愛は壊れやすいものかもしれない、でも期待せずにはいられないもの」であり、愛を探求する過程を通じて人は成長するのだと説明した。刺繍をしながらさまざまな解釈を模索し、合間を縫うように自在に針を動かしていくことで、伝統的な物語の中にも、自分なりの解釈を生み出していくのである。


《なんて勇敢な!―2》の前でトークをするチャン・エンツー


社会の制約、境界線を打破すること、これが愛~エンタン・ウィハルソ


エンタン・ウィハルソ


右側の作品が《愛しすぎて――見えない脅威no.1》

エンタン・ウィハルソ(1967年インドネシア生まれ)の出展作《愛しすぎて――見えない脅威no.1》(2012年)は、武器を手にした男女が向き合い、身体の部位が絡み合う様子が描かれた絵画である。しかし、よく見ると男女の区別も、その人が誰なのかという属性も判然とせず、両者の関係性も謎めいている。「武器は道具だが、道具は使い手によって便利なものにも危険なものになる」と主張するウィハルソは、現在、家族と共にアメリカに暮らす。その地で、何かの間違いで警官に監視された辛い経験を語り、異国に住むことの困難さに触れつつも、家族のため、そこに住み続ける決意を一つの愛だと述べる。「社会の制約や境界線などを打破すること、これが愛ではないか」。ウィハルソは、その表現を通して、人の属性をめぐる先入観や暴力、国や文化の境界線について考えている。


愛は人が生き続けるための原動力~ゴウハル・ダシュティ


ゴウハル・ダシュティ

戦場を背景に、淡々と新婚生活を送る二人。これらの写真シリーズ「今日の生活と戦争」(2008年)を制作したゴウハル・ダシュティ(1980年イラン生まれ)は、イラン=イラク戦争の開戦の年に生まれ、幼少期を戦争と隣り合わせの日常の中で過ごした。大人になった今、精神的な面への戦争の影響を感じているというダシュティは、イランの同世代が受けてきた、戦争という暴力がもたらすトラウマを作品に表現している。また、本作が愛というテーマで展示される初めての経験を喜びながら、次のように続けた。「戦争や自然災害などでは人が亡くなる事実が残るだけではない。人々の心にある愛が、残された人が生き続けるための原動力になる」。


権威に対してメッセージを発する、それこそが私の制作のテーマ~寺岡政美


《1,000個のコンドームの物語/メイツ》の前で語る寺岡政美

1961年に米国に渡り、制作活動を続ける寺岡政美(1936年広島県生まれ)は、常に社会問題を題材に取り上げてきた。寺岡は、1985年頃、ニューヨークのレストランで、輸血によりエイズに感染した赤ん坊とその母親に出会い、衝撃を受けたという。そして、政府は当時エイズをゲイコミュニティーの病気と見ていたが、その頃から、この病はそうした偏見とは次元の異なる、人間とウィルスの戦いであるという信念を持つようになった。「人の権利を束縛したり無視したりする権威に対し、メッセージを発することが私の制作のテーマ」、そう語る寺岡の出展作《1,000個のコンドームの物語/メイツ》(1989年)は、男女の恋愛エピソードが浮世絵風に描かれたユーモアと皮肉に溢れた作品である。


寺岡政美

(後編に続く)

文:白濱恵里子(森美術館学芸部パブリックプログラム エデュケーター)

撮影:御厨慎一郎
 

<関連リンク>

六本木ヒルズ・森美術館10周年記念展
「LOVE展:アートにみる愛のかたち-シャガールから草間彌生、初音ミクまで」

2013年4月26日(金)-9月1日(日)

トレイラー映像

人をどう扱うか、それが国や社会への物差しになる―アルフレド・ジャー
~7組のアーティストたちによる愛のかたち。(後編)

・1分でわかる「LOVE展」~アーティスト&作品紹介
(1)ジェフ・クーンズ《聖なるハート》
(2)ゴウハル・ダシュティ「今日の生活と戦争」シリーズ
(3)ナン・ゴールディン「性的依存のバラッド」シリーズ
(4)ジョン・エヴァレット・ミレイ《声を聞かせて!》
(5)フリーダ・カーロ《私の祖父母、両親そして私(家系図)》
(6)ジャン・シャオガン《血縁:大家族》
(7)草間彌生《愛が呼んでいる》
(8)シルパ・グプタ《わたしもあなたの空の下に生きている》
(9)初音ミク《初音ミク:繋がる愛》
(10)アルフレド・ジャー《抱擁》
(11)ロバート・インディアナ《ラブ》 & ギムホンソック《ラブ》
(12)ソフィ・カル《どうか元気で》
(13)シャガール、マグリッド、フランシス・ピカビアらが描いた恋人たち
(14)トレイシー・エミン《あなたを愛すると誓うわ》
(15)デヴィッド・ホックニー《両親》
(16)デミアン・ハースト《無題》

カテゴリー:03.活動レポート
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