2014年12月16日(火)

場所が発するエネルギーに対峙する―ヤコブ・キルケゴールの原点とは?

第22回目の「MAMプロジェクト」は、デンマークに生まれ現在ベルリンを拠点に活動するヤコブ・キルケゴールの新作《スティグマ(徴(しるし))》を展示しています。2014年9月20日に行われたアーティストトークでは、本展に向け制作された《スティグマ(徴(しるし))》に繋がるこれまでの作品や、自身の制作の原点について、作家が語りました。


ヤコブ・キルケゴール
撮影:御厨慎一郎

キルケゴールは、幼少から音楽や作曲に親しみ、20歳の頃出会ったサンプラーをきっかけに、音を変換することに興味を持つ。2004年まで在学したケルン・メディア芸術大学(ドイツ)では録音方法について学び、現在もさまざまな録音、音響機器を用いて作品を制作している。子供の頃から場所の音を聞く習慣があったキルケゴールにとって、音は世界に介入するためのツールだという。


アーティストトーク会場の様子
撮影:御厨慎一郎

2013年「北極」展(ルイジアナ近代美術館、フムレベック、デンマーク)で発表した《氷瀑》(ISFALD)は、北極に程近いグリーンランドで制作されたサウンド・インスタレーション。北極をモチーフとする作品を集めたこの展覧会のために、キルケゴールはグリーンランド西海岸の氷河イルリサット・アイスフィヨルドに赴き、水面上と水面下で発生する音を採取した。水中マイクロフォンを用いて録音された音を、高周波と低周波の音に分け40個以上のスピーカーとサブウーファーで再生した本作では、カーテンで包まれた薄暗い展覧会場に、鑑賞者が横になり、長い時間をかけて氷が融解する時に生む細やかな音や、唸るように響く重低音に耳を傾けたという。
同年アイスランドで制作した《間欠泉》(TØRST)は、硫黄の臭気に満ちた活火山地帯で大地が発するエネルギーを素材にした作品だ。地表と地下でそれぞれ採音したノイズ音と強烈なベース音をリミックスし、古い温水プール場に16台のスピーカーを仕込んだサウンド・インスタレーションとして展示した。
《ピボット》(PIVOT/2012年)はベルリンのランドマーク的な建築として知られるテレビ塔(ベルリンタワー)が奏でる音で構成されている。東ドイツ時代に建てられ、展望台部分が回転するこのタワーは、その構造と風の流れによって独特の音を発している。場所や環境が自然に生み出した音をどのように作品として展開するかという課題に対し、キルケゴールは「私のアプローチは科学者のそれとも似ているでしょう。しかし、アーティストである私のモチベーションは、その場所が生みだすエネルギーに相応しい機材を用いて得られる"真実"を手がかりに、世界をどのように理解するかにかかっているのです」という。


《氷瀑》
2013年
インスタレーション(スピーカー14台、サブウーファー4台、トランスジューサー2台、テキスタイル、光)
40分(ループ)


《氷瀑》をグリーンランドで取材中のヤコブ・キルケゴール、2013

今回森美術館で展示されている新作《スティグマ(徴(しるし))》は、福島県で撮影された映像と録音・編集された音響で構成されたサウンド&ビデオ・インスタレーションだ。特徴的な音響は、その場所で録音した音を反復させ、何重にも重ねることで増強させたもの。中国の山水画を思わせる福島の美しい自然や空気に、キルケゴールは真実に関わらず、その場所に対する私たちの認識を変えてしまう烙印のようなものを感じたという。キルケゴールは以前にも、人為によって人間と自然にもたらされた悲劇の場所を主題にしている。


展示風景「MAMプロジェクト022:ヤコブ・キルケゴール」森美術館、2014
《スティグマ(徴(しるし))》
撮影:森田兼次

《アイオン(永遠)》(AION/2006年)は、1986年に起こったチェルノブイリ原発事故以来、時が止まった町プリピチャで制作された。人気のない町は美しく想像以上に穏やかに見え、しかし目に見えない不穏さが常に満ちていたという。キルケゴールは町の教会を制作の場に選び、屋内の風景と音の変化をそれぞれ撮影、録音してその場所で再生を繰り返すという手法を試みた。これは、アメリカの作曲家アルヴィン・ルシェによるパフォーマンス《私は部屋に座っている》(1969年)という作品に着想を得た方法で、教会の音を録音し、スピーカーで低音のみ再生して録音を繰り返すことで、自然な音から次第にアンビエントな音を生み出している。映像も同様に、一定時間撮影した動画を同じ場所に投影し、それを繰り返すことで一つの場所に可視化された時間と光のレイヤーを構築してゆく。


《アイオン(永遠)》
2006年
サウンド&ビデオ・インスタレーション(スピーカー4台、サブウーファー1台、プロジェクター1台)
50分(ループ)

《アイオン(永遠)》そして《スティグマ(徴(しるし))》の制作を通して、キルケゴールはその場所の音に深く聞き入ること、そして空間に内包されている時間と目に見えない不穏なものにアーティストとしていかに対峙するかを探ろうとしている。彼の作品を体感することは、その場所が発する音やイメージに対峙し瞑想することの重要さを考えるきっかけとなるだろう。


ヤコブ・キルケゴール
撮影:御厨慎一郎

文:後藤桜子(森美術館学芸グループ)
 

<関連リンク>

「MAMプロジェクト022:ヤコブ・キルケゴール」
会期:2014年9月20日(土)-2015年1月4日(日)

展覧会カタログ(PDF版)

トレイラー映像

「リー・ミンウェイとその関係展:
参加するアート―見る、話す、贈る、書く、食べる、そして世界とつながる」

会期:2014年9月20日(土)-2015年1月4日(日)

カテゴリー:13.MAMプロジェクト
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