2016年8月 5日(金)

アーティスト×キュレーターによるセッション
「六本木クロッシング2016展」クロストークDay 3をレポート
~松川朋奈、野村和弘、石川竜一、片山真理、後藤靖香、小林エリカ

「六本木クロッシング」参加アーティストとキュレーターの考えが交差する「クロストーク」。全3日間にわたって開催しましたが、第3日目となる2016年6月12日は、6名のアーティストが本展担当キュレーターの小澤慶介、荒木夏実とともにトークを行ないました。

Day 3 リレートーク第5回

まず小澤慶介さんが松川朋奈さんと野村和弘さんにお話を聞きました。
松川さんは多くの女性をインタビューすることから制作を始めます。一対一のインタビューの後、女性の自宅を訪れ、彼女の身体や持ち物の一部を写真に撮り、それをリアリスティックな絵画に起こします。本展では六本木で働く女性を中心に取材しました。
松川さんが注目するのは「痕跡」。はねた髪の毛、妊娠線の痕、めくれ上がったピンヒールなど、着飾った外見に隠されたほころびの中に、その人らしさが表われると松川さんは語ります。
写真ではなく絵画を選ぶ理由として、モチーフとの距離感をとるために絵画の方がコントロールしやすいこと、個人のドキュメントとしてではなく、フィクション性を通してより普遍的なことを語るのに絵画が適していると述べています。


松川朋奈さん


松川朋奈
展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館、2016年

野村和弘さんの《笑う祭壇》では、見る人は色とりどりのボタンを投げて中央にある二つの的の上にボタンを載せようと格闘します。的の形は不安定で載せることは不可能に思えるのですが、一縷の望みを叶えようと皆真剣にこの一風変わったゲームに取り組みます。ボタン投げの不確定で真摯な行為が、純粋に絵画的なものになっていくと野村さんは言います。(もっとも、森美術館では最終的に19人もの人がボタンを載せることに成功。過去の展示ではほとんど成功者はいなかったという野村さんの予想を裏切る結果になりました。)

「投げられたボタンの散らばり方や集積の中に、日々の歴史のつながりや人々の痕跡が見える」と野村さんの作品について語る松川さん。全く異なって見える二人の作品の共通点が浮かび上がりました。


野村和弘さん


野村和弘《笑う祭壇》
2015年
展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館、2016年

Day 3 リレートーク第6回

人気急上昇中の片山真理さんと石川竜一さんのお話を司会の荒木が聞きました。
先天性の足の病気で9歳の時に両足を切断して以来、義足の生活を続けてきた片山真理さんは「手に職をつける」目的で入った商業高校の情報処理科でプログラミングを学び、自分のホームページを立ち上げました。それを見たバンタンデザイン研究所に通う学生から卒業制作展のファッションショーへの出演を依頼されてモデルデビュー。その際に初めて義足に絵を描きます。さらに群馬青年ビエンナーレでキュレーターの東谷隆氏に見出され、コラージュなどの作品を定期的に見てもらうことを続けた後、東京藝術大学の大学院に進学します。指導教員の小谷元彦氏の勧めで写真を始め、写真を用いたインスタレーション作品で注目を集めるようになりました。


片山真理
展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館、2016年


片山真理さん

石川竜一さんは、打ち込んでいたボクシングから離れたことがきっかけで鬱々とした日々を過ごしていた20歳の時に写真に出会います。部屋にこもってフォトグラムの作品に取り組んでいた時期を経て、次第に意識が外へと向かうようになります。そうして始めた《okinawan portraits》は、沖縄の街角で出会う気になる人に声をかけて写真を撮ったシリーズです。断られてもくじけずしつこく口説くところには、ホストのアルバイトの経験が生きているのだとか。被写体の中には、その生活までのぞいて見たくなる人もいて、その人の言動によって「ボコン」と頭が一気に広がる感覚は、中毒になる刺激なのだそうです。写真を撮りたいから会うのか、会いたい延長線上に写真があるのか区別がつかないこともあると言います。


石川竜一さん


石川竜一
展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館、2016年

写真集が同時に2冊刊行されたり、宇多田ヒカルの撮影をするなど、人もうらやむような活躍ぶりの石川さんから片山さんに、「アート活動が華やかで嫉妬する」という意外な発言があったりと、終始和やかで笑いもあり、片山さんと石川さんの魅力が伝わってくる楽しいトークになりました。


片山真理さん(左)と石川竜一さん

Day 3 リレートーク第7回

本企画の最後の回では、荒木の司会で小林エリカさんと後藤靖香さんの作品についてお話を伺い、セッションでは松川朋奈さんにも加わっていただきました。


小林エリカさん(左)と後藤靖香さん

小説家でありマンガも描いている小林エリカさんは、アンネ・フランクに憧れて作家をめざしたそうです。放射能開発とそれに関わった女性科学者の歴史に関心をもち、フィクションを織り交ぜながらさまざまな形で表現してきました。小林さんにとって見えないものを可視化することは作品の大切な要素です。現在明星大学に保管されているキュリー夫人の実験ノートにガイガーカウンターを近づけると、数値が上がるのだそうです。それはキュリー夫人が素手で触っていたポロニウムやラジウムの存在を、目には見えない痕跡として感じさせます。また次女が書いた『キュリー夫人伝』によると、ラジウム発見の記念すべき日のメモに「スグリのゼリー」を作ったことが記されているそうです。このようなエピソードからは、妻として母として生身の身体をもったキュリー夫人像が浮かび上がってきます。


小林エリカさん


小林エリカ
展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館、2016年

一方後藤靖香さんは、祖父や大叔父さんの戦争体験を元にした巨大な絵画を炭を使って描きます。「自分が知らない彼らの青春を知りたい」という思いから、若き兵士たちの友情の物語にある種の「萌え」を感じながら、後藤さんが信頼している絵画というツールを使って表現するのです。
「『アンネの日記』にも性への興味が記されているし、戦時中でも人はセックスし、食事をしていた」という小林さんの言葉は、「こぼれ落ちてしまうささいなものの中に美しさを感じる」と語る松川朋奈さんの作品にも通じます。さらに後藤さんの《栗ごはん》(2007)という作品は、戦時中に炊いてもらって食べた栗ご飯に感動する祖父の姿を描いたものですが、このようにささやかに見えることが本人の心を動かした大きなできごとだったからこそ、それを孫に伝えてくれたのだと後藤さんは言います。


後藤靖香
展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館、2016年


後藤靖香さん

後藤さんは昨年12月、小林さんは今年1月にそれぞれ第一子を出産され、松川さんも5歳児の母ということで、女性や母親が働くことも話題に上りました。後藤さんは「子を背負ってでもドローイングはできる」というたくましい意見とともに、祖父母の話してくれた歴史がもう一代先に延びることを実感していると述べました。小林さんは授乳やおむつ替えなどを通して毎日のルーティン作業を続けることができるようになったと言います。松川さんは「"母になった私"が"私"を崩すようなことはしたくない」という思いから、仕事を続けるために時間の使い方などに関してシビアになったそうです。
また、マリ・キュリーやリーゼ・マイトナーなどの女性科学者が放射能研究でめざましい功績を挙げたことの背景として、既存の科学研究を男性が独占する中で、放射能が新進分野であったことが関係しているという小林さんの話は印象的でした。女性が学問や研究の世界に入ることが不可能に近かった時代を経て今があること、それでもなお社会的地位や賃金において男女の格差がある現実についてなど、話は尽きませんでした。
「ささやかな」大切なことに目を向け、他者のリアルな身体性を浮かび上がらせる作業を丁寧に行うアーティストたち。今後ますます世界を広げていくであろう彼女たちを、心から応援したいと思いました。


左から、野村和弘、松川朋奈、キュレーターの小澤慶介


左から、片山真理、森美術館の荒木夏実、石川竜一


左から、松川朋奈、小林エリカ、荒木夏実、後藤靖香

文:荒木夏実(森美術館キュレーター)
撮影:永禮 賢(展示風景)、御厨慎一郎(イベント)
 

<関連リンク>

六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声
会期:2016年3月26日(土)-7月10日(日)

関連展示「MAMスクリーン003:交差する視点―海外アーティストたちが見た日本の風景」
会期:2016年3月26日(土)-7月10日(日)

アーティスト×キュレーターによるセッション
「六本木クロッシング2016展」クロストークDay 1をレポート
~毛利悠子、さわひらき、西原尚、ナイル・ケティング、ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ、ジュン・ヤン

アーティスト×キュレーターによるセッション
「六本木クロッシング2016展」クロストークDay 2をレポート
~藤井光、佐々瞬、高山明、ミヤギフトシ、百瀬文、志村信裕、山城大督

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