2014年7月 7日(月)

次世代の子どもたちに、私たち大人ができることとは?
「ゴー・ビトゥイーンズ展」トークシリーズ 第1回「子どもと社会」 レポート

子どもの視点を通して現代社会におけるさまざまな問題を考察する「ゴー・ビトゥイーンズ展」では、関連プログラムとして子どもをとりまく環境をテーマにしたトークシリーズ全3回を企画しました。美術館としては異色ともいえる本プログラム。2人の専門家による講演と本展担当キュレーターを交えて行ったセッションで構成されたシリーズ第1回「子どもと社会」の様子をレポートします。


イベント会場風景

最近、新聞等で目にする機会が増えた、"子どもや若者の貧困"という問題をご存じだろうか。6月24日に開催されたトークシリーズ第1回「子どもと社会」では、日本における子どもや若者たちの貧困問題に関する二人の専門家を招いた。
阿部彩氏は国立社会保障・人口問題研究所にて様々な調査データをもとにこの問題を研究している。ノンフィクション・ライターの飯島裕子氏は、ホームレス経験を持つ若者たちにインタビューを行い、ルポルタージュをその著書『ルポ 若者ホームレス』(2010年、ちくま新書)に上梓している。

統計データをもとにした阿部彩氏の報告によると、1985年に約11%であった18歳未満の子どもの貧困率は徐々に上がり2009年には約16%に達し、現在子どもの6~7人に1人は貧困状況だといえるという。また、ひとり親世帯の貧困率は5割を超える。
しかし、日本のどこに貧困が?と実感を持てない人は少なくないだろう。本展出展作家のジェイコブ・A・リースが19世紀末のニューヨークで撮影した移民の子どもたちと同様の姿は、今の日本には見られないからだ。だが、先進国における貧困とは、相対的貧困、すなわち現代の社会であたり前の生活を送ることが困難な状況を指すと阿部氏は説明する。靴、電話、冷蔵庫、衣服などの不足がこれにあたるが、衣食住が満たされない世帯は15~20%あり、公共料金の未払いや債務の滞納は5%、ひとり親世帯では10%を超える。

こうした親の経済状況は子どもたちの生活のすみずみに、例えば学力、進学率、健康、精神面にまで影響を及ぼすことが分かっているという。収入格差やそれに伴う不利な環境は次世代に受け継がれ、貧困の連鎖が生じることも指摘。
思わず耳を塞ぎたくなる現実であるが、最も深く胸を突かれるのは次の事実である。貧困の環境にある子どもたちは、非貧困の子どもたちに比べて自己肯定感が低く、「頑張ってもむくわれない」「自分は家族に大事にされていると思わない」「将来が楽しみとは思わない」「孤独を感じる」と答える率が高いということだ。
グローバルな視点から見ても、日本の子どもの貧困率は先進20カ国中、アメリカ、スペイン、イタリアに次ぐ第4位、ひとり親世帯の貧困率は最も高いとされる。阿部氏は、文房具や住宅費の保障などを行う国があることも伝えつつ、ひとり親やワーキングプアという特徴を踏まえて貧困を発生させない社会を作ることが重要であると述べた。


(左)阿部 彩氏 (右)飯島裕子氏

続いて登壇した飯島裕子氏は、路上もしくはネットカフェ、ファストフード店などを寝場所とする若年男女への聞き取り取材を重ねた経験のなかで、子ども時代の経済環境が大きく影響していることを指摘、様々なデータと併せて、彼らがホームレス状態に至った経緯や状況を紹介した。
例えば、両親の離婚と死別により18歳まで児童養護施設で過ごした男性は、寮を利用できる再就職先を探したが見つからず行き場を失った。別のケースでは、正社員として就職したもののリストラに合い、ひきこもりと短期アルバイトを繰り返したことで家族と確執が生じ実家を出ざるを得なくなった。また、父親の事業破たんによる借金により実家が経済的に困窮、仕事のスキルを積むことができず各地で仕事を転々とするケースもある。
子ども時代からの困難の積み重ねにより、家庭、労働、教育から排除され、さらに社会からの偏見とも戦わねばならず、雇用だけでは回復しない彼らの厳しい現実について触れた。日本では自己責任という言葉で語られがちだが、子どもの育ちを社会的に保障することが必要だと語った。


飯島裕子氏

後半、キュレーターの荒木夏実を交えてのセッションで飯島裕子氏は、「病気や貧困、孤独に追いつめられ、苦しむ人たちをサポートする公共の場が社会にもっと必要。偏見をなくし、介護や育児も家族だけで解決しようとしなくてもいいんだ、というふうに認識を変える発想が必要。社会に希望があるかどうかは私たちにかかっている。」と呼びかけた。
阿部彩氏は、「多くの大人が閉塞的で、社会に対して何も解決策が持てないと思いがち。今回の「ゴー・ビトゥイーンズ展」でテーマになっている"想像する力"はとても大事。今と違う世界を求める想像力が大人には欠けている。若い人ほど従来の考えにとらわれない新しい社会のあり方を想像できるのではないか。それが未来を変えていく。」と話した。


阿部 彩氏

美術館のトークとしては異色とも思えるテーマだからこそ、幅広い背景を持った参加者にお集まりいただくことができた。アートや美術館が社会に対してできることは僅かかもしれないが、今回のように議論の場を生み出すことの大切さを感じた。
多くの現代アーティストは表現を通して社会に潜む問題を可視化すること、見る人に過去・現在・未来の問題を突きつけ議論を生むことにチャレンジしている。次世代の子どもたちに、私たち大人はどのような環境を手渡していくことができるだろうか。「ゴー・ビトゥイーンズ展」と関連プログラムを通じて、参加者と多様な情報を共有し、様々な視点で考えることができればと感じた。

文:白濱恵里子(森美術館パブリックプログラム エデュケーター)
写真:御厨慎一郎

本展トークシリーズでは、現在そして未来に向けて子どもたちをめぐる問題を共に考えます。7月26日の第2回「子どもと教育」に神野真吾氏(千葉大学准教授)、山本高之氏(アーティスト)を、8月15日の第3回「子どもとアート」に降旗千賀子氏(目黒区美術館学芸員)をお招きして開催します。
ぜひ、森美術館ウェブサイトからお申込みください。
 

<関連リンク>

「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」
会期:2014年5月31日(土)-8月31日(日)

「MAMプロジェクト021:メルヴィン・モティ」
会期:2014年5月31日(土)-8月31日(日)

カテゴリー:03.活動レポート
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