2013年5月13日(月)

どうして今、「LOVE」なのか
~「LOVE展」館長インタビュー 南條史生

あなたにとって「LOVE」とは? 「LOVE」をテーマに掲げた六本木ヒルズ・森美術館10周年記念展「LOVE展:アートにみる愛のかたち」。本展を企画した森美術館・南條史生館長に、展覧会の成り立ちやテーマ、見どころについてインタビューしました。

―どうして、今「LOVE」なのか。

森美術館が2003年にオープンしたとき、「ハピネス」というテーマで最初の展覧会をやったのですが、そのときに「ハピネス」は実は抽象的だな、と思いました。そこでハピネスは一体どこから来るのだろう、みんなが幸せに感じるということはどういうことかと考えていくと、最後に結局、「LOVE」じゃないかと考えました。
極めて単純なのですが、多くの場合、HAPPYかどうかの決め手は、仕事のことなんかより、大体人間関係から来るでしょう? だとしたら、やはり「LOVE」が人間の基本的な幸福と非常に深くつながっていると思うのです。それで、10年経って、開館記念展を継承する形で、「LOVE」をテーマに展覧会をやることにしました。

一方で、周りを見ると世界では不況、紛争、場合によると飢餓や環境問題が頻発して決して安穏な生活を楽しんでいるというわけにいかない。また日本でも東日本大震災と福島の原発の問題が生じたわけですよね。つまり、我々の生きる世界は「問題だらけ」ということになります。
ですので、今のそういった状況の中で、「LOVEの重要性」「人間のあるべき姿を再考する機会」を、森美術館、ひいては六本木、そして東京、日本から世界に発信していくべきではないかと。
しかし、今だけ「LOVE」の重要性が高まっているといいたいわけではなく、実は「LOVE」は人間にとって、常に重要な主題なのではないでしょうか。そういう意味では、今回の六本木ヒルズと森美術館の10周年に「LOVE」というメッセージを発信できることができ、大変良かったと思っています。また、六本木ヒルズ全体のテーマも「LOVE TOKYO」なので、「LOVE」は森美術館だけでなく、六本木ヒルズからの大きなメッセージです。


ハピネス:アートにみる幸福への鍵―モネ、若冲、そしてジェフ・クーンズへ
2003年10月18日(土)-2004年1月18日(日)開催

―5つの章で紹介する愛のかたち。

アートというものは、ひとつのメッセージの伝達なので、最初のセクションには「愛」を幅広い解釈でイメージできるような極めて記号性の高い作品を集めています。

第1章「愛ってなに?」には2つの大きな目玉展示があります。1つがジェフ・クーンズの彫刻《聖なるハート》で、もう1つがロバート・インディアナの油彩《ラブ》です。
ジェフ・クーンズの《聖なるハート》は圧倒的な大きさと一点の曇りなく磨き上げられた作品としてのクオリティの高さ、それからメッセージの明快さが特徴です。
ロバート・インディアナの《ラブ》は、アメリカのポップアートの名作ですが、まさに本展のタイトルそのものです。実は、この《ラブ》のビジュアルは、世界中であちこちに使われていて、特に70年代の『ラブストーリー』という本の表紙に使われたことで、一般に良く知られることとなりました。日本では西新宿にある彫刻でもおなじみでしょう。今回紹介する油彩は、北米以外では初公開となる、非常に貴重な機会です。


ジェフ・クーンズ《聖なるハート》
1994-2007年
ピンチュック・アートセンター蔵、キエフ
Photo: Sergey Illin

もう1つ忘れてはいけないのが、六本木ヒルズの毛利庭園の中に置かれるジャン=ミシェル・オトニエルの《Kin no Kokoro》です。金色の珠で形どられたハートマーク、あるいは首飾りのような作品で、10周年記念のパブリックアートとして池の中に設置されます。池の手前の淵石に2人で立つと、ちょうど2人の姿がハートの輪の中に入ったように見えるので、記念写真を撮りたくなる作品です。

続く第2章の「恋するふたり」というセクションでは、典型的な男女の像を描いたフランシス・ピカビアの《カップルの肖像》、溶け合うようなコンスタンティン・ブランクーシの《接吻》、悲恋物語の主人公を表したオーギュスト・ロダンの《接吻》、自身と妻が希望に向かう様を表現したマルク・シャガールの《町の上で、ヴィテブスク》など、どれも美術史の教科書に載るようなレベルの名作を紹介します。


オーギュスト・ロダン
《接吻》
1882-1887年頃(原型)
国立西洋美術館蔵、東京(松方コレクション)
撮影:上野則宏

さらにそこから少しずつ、「愛」のバリエーションを広げていこうということで、第3章では「愛を失うとき」と題し、失恋からはじまり、東日本大震災に関連する作品など、失われた愛のかたちを紹介します。

その「失われた愛」の次に紹介するのは、第4章「家族と愛」です。この「家族と愛」のセクションでは、美術史における重要な名画、ジョン・コンスタブルの《ブリッジス家の人々》、フリーダ・カーロの《私の祖父母、両親そして私(家系図)》、デヴィッド・ホックニーの《両親》を展示します。
特に、フリーダ・カーロはメキシコでは国宝級の扱いを受けている作家です。今回、幸いにもニューヨークのMoMAから借りてくることができました。日本国内でカーロの作品を実際に見ることができる、非常に貴重な機会ではないでしょうか。デヴィッド・ホックニーの《両親》は、晩年を迎えた彼の両親を描いた油彩で、これから老齢化社会に向かう日本としては、感慨深いものがあるのではないかと思います。


フリーダ・カーロ
《私の祖父母、両親そして私(家系図)》
1936年
ニューヨーク近代美術館蔵
Gift of Allan Roos, M.D., and B. Mathieu Roos. Acc. n.:277.1987.a-c.
© 2012. Digital image, The Museum of Modern Art, New York/Scala, Florence

最後の章は「広がる愛」というテーマで展開します。男女の愛だけではなくて、同性の愛、物に対する愛、国に対する愛、コミュニティに対する愛、そういう様々な愛の解釈を紹介します。現代においては愛もこのように多様な広がりを見せている、ということを描けないかと。
例えば、シルバ・グプタのネオンの作品は、「あなたと同じ空の下に生きている」という言葉が3つの言語で書いてあるんですよね、それはやはり「博愛」というものに広がっていくのではないでしょうか。
ファッション・デザイナーの津村耕祐はファイナルホームという服で、「非常時にファッションは何ができるか」という問いをもって復興問題に取り組んでいます。ローリー・シモンズは、ラブドールを着せ替え人形のようにして写真を撮っています。それから、Chim↑Pomの作品《気合い100連発》もこのセクションで見せます。震災後の福島で福島の若者とスクラムを組んで、お互いを激励しあうビデオ作品で、ばかばかしいけれど、涙ぐましくもあり、感動的でもあり、圧倒されますよ。


シルパ・グプタ
《わたしもあなたの空の下に生きている》
2011年
展示風景:「この素晴らしき世界:アジアの現代美術から見る世界の今」広島市現代美術館、2012
撮影:中尾俊之(CACTUS)
Photo courtesy: Yvon Lambert, Paris

―サブタイトルの「シャガールから草間彌生、初音ミクまで」について

シャガールは特に日本人によく知られ、人気のある作家の1人だと思うのですが、本展で紹介するのは、結婚直後の最も幸せな時期と、愛妻を亡くした後に2人が空中を浮遊している2点の絵画です。シャガールは、ヴィテブスクという街(旧ソ連・現在はベラルーシ)の出身でフランスに出てきて有名なった、ある意味で激動の時代のヨーロッパを生きた作家です。1人の人間としての生き方を含めて、愛と人生が見えてくるのではないでしょうか。

また、草間彌生は、長年「愛」というメッセージを発し続けてきたアーティストです。タイトルを見ても、愛に絡んだものがものすごく多い。例えば、「六本木アートナイト2012」では《愛はとこしえ、未来は私のもの!》でしたし、今回の出品作品も《愛が呼んでいる》です。常に作品で「愛」について語っており、最近は詩を書いても幾度となく「愛」という言葉が入っています。しかし、草間さんの作品には自分が愛する男とかが出てくるかというと、あまり出てこない。ある意味で自己愛なのかもしれないし、愛を信じながら生きるということの姿を見せているのではないでしょうか。

最後の初音ミクは歌声を合成するソフトウェアであるボーカロイド(ボーカル・アンドロイド)のキャラクターで、ヴァーチャルな歌姫として知られています。多数のクリエイターが初音ミクの声を用いて曲を制作したり、初音ミクをモチーフとしたイラストや動画を制作しており、初音ミクを通じて、およそ30万人近い人たちがネットワークを作り、そこには新たな絆が生まれています。「わたしがつくった初音ミク」があり「あなたのつくった初音ミク」を称賛するという、自分の表現と、他者の表現がぶつかり合って、そこに1つのコミュニティが生じ、さらにはそれをみんなが楽しむという、今まで考えられなかった愛のかたちが発生している。
実在しないアイドルだけれども、3Dの映像としてステージの上に立つと5万人の人が集まるという状態になってきている。この現象を見たときに、実際に生身の人間でなくても愛することができる、それが国際的に広がっていく。こういう「拡散して世界に広がっていくヴァーチャルな愛のかたち」もあるんだということで展覧会を終わろうと思っています。


草間彌生
《愛が呼んでいる》
2013年


《初音ミク》
Illustration by KEI
© Crypton Future Media, INC. www.piapro.net

―森美術館館長 南條史生の「愛のかたち」

非常に広い愛と狭い愛、「どちらにいくべきか」、常に2つの方向の間で迷っています。(笑)
エゴイスティックに独占する、草間さんのオブセッションというか拘泥のような狭い愛、その一方で博愛的に広く広がる愛、はっきり言えば、そのどちらを選んでいけばいいかという問題を、人は抱えるのではないかと思います。

本展カタログに執筆した私の論考でも述べましたが、かつて私は、「人生は愛と革命である」という言葉に惹かれました。革命というのは「今まであったものを否定して新しい提案をすること」、でも、愛は「今まであったものを否定しないで、そのまま受け取ること」というふうに考えれば、その2つは対極にあるということになる。人生を生きるということは、その2つのどちらかを選んで生きることになる。しかし論考の結びでは、異質な他者と合一することが本当の愛だとすれば、今までのものを否定するという立場さえも取り込むのが愛なんじゃないかというふうに、混乱してテキストは終わるわけだけれど(笑)。答えは実践の中で見つけるしかないということになるんでしょうね。

鑑賞者の方々にはそれぞれの愛のかたちを感じて、「自分たちの愛とは何か」ということを考えていただきたいと思います。

<関連リンク>

「LOVE展:アートにみる愛のかたち」
2013年4/26(金)- 9/1(日)

トレイラー映像

カテゴリー:01.MAMオピニオン
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