2010年2月 1日(月)

「医学と芸術展」舞台裏トーク:展示作品の守り方

美術館の仕事で「コンサヴァター」というのをご存知ですか? コンサヴァターとは、一言でいえば、美術品の保存と修復をする人のことです。「修復家」が主に傷んだり壊れたりした作品をケアするのに対し、コンサヴァターは修復もしますが、それ以前に、修復する事態に至らないように作品をケアするのが大切な仕事です。美術館には欠かせない存在ですが、その仕事内容はあまり知られていません。

先日開催した「医学と芸術展」のメンバーイベント(MAMCナイト)では、森美術館にてコンサヴァターをつとめる相澤邦彦が、展示作品をどのように守り、ケアしているのかを語りました。今回はみなさんに、そのトークの一部をご紹介します。

――MAMCナイト「展覧会の舞台裏トーク:女王陛下の"ダ・ヴィンチ"がやって来た!」にて:

光、温湿度、虫・・・様々な方法からダ・ヴィンチの作品を守る

相澤:本展のダ・ヴィンチの作品は、劣化しやすい紙の作品なので、特にケアが必要です。しかもこの作品は英国王室からお借りしたものであり、歴史的にも美術史的にも大変貴重なものです。森美術館で展示できるのは大変光栄なことですが、何か起きたら大変です。とても神経を使って展示しています。

例えば照明等の「光」。特に紙の作品は、照明さえも傷みの大きな原因のひとつです。紙の作品に対する美術館の照明照度は通常でも50ルクス程度と低めですが、今回のダ・ヴィンチは、作品を所蔵する英国ロイヤルコレクションのクーリエ(作品の輸送に随行して保存管理する人)と森美術館の学芸員が相談のうえ、さらに低い40ルクス弱に設定しました。しかし、そのままだと観る人に暗すぎる印象を与えるので、照明をLEDにすることで、弱い光でも明るく感じられるようにしました。

ギャラリー内の湿温度は、急激に変化すると展示作品を傷めてしまいます。そのため、壁に空調センサーを取り付け、湿温度データをPCで24時間監視し、一定に保っています。空調センサーは無線式で移動できるため、ダ・ヴィンチのような特に注意したい作品のそばに置いています。

虫害対策も重要です。館内には「バグトラップ」という名刺大の害虫生息確認機がたくさん、けれども目立たないように置いてあります。これは「ごきぶりホイホイ」のようなエサは使っていませんが、この機械の上を歩いた虫をつかまえます。バグトラップで美術館内の虫の発生状況を調査し、調査結果に応じて対処していきます。

日本は地震対策も欠かせません。展示ケースを使用している作品は、ケースと床を金具で固定しています。これで地震が起きても、事故で人がぶつかっても倒れません。展示ケース内の作品も、ワイヤーやテグス、練り消しゴムなどを使って固定しています。もちろん、固定する際にも作品を傷つけないようにしています。

アート作品は繊細なもの。そのスタイルも理解して修復する

相澤:「輸送されてきた木箱を開けたら、作品が壊れていた」ということもあります。現代アートは作品に使われている素材が多様で、なかでも立体作品は構造自体が複雑で不安定なものが多く、輸送のちょっとした振動で壊れてしまうことがあるのです。

実は、本展のジル・バルビエの作品「老人ホーム」は、箱を開けたらキャットウーマンの右手の小指がとれていました。私はこれまでワックスの作品を修復した経験がなかったため、本展のために来日していた英国サイエンス・ミュージアムのコンサヴァターに相談し、助言をいただいて修復しました。

どのように修復したかというと、まず、体温で溶けないように白手袋をはめ、落ちた小指を和紙で包んで作業しました。ワックスは熱に弱く、傷がつきやすいからです。そして小指と本体の切断面に、PVAという美術品修復用の木工用ボンドのような接着剤を塗って圧着しました。この接着剤は中性で溶剤も使用しないため、作品を傷める心配はないのですが、乾くのが遅く、接着力も弱い。だから最初の10分間は、ずっと手で押さえていました。「これ以上弱く押したら着かない。でも、これ以上強く押したら、今度は作品の手首や腕が折れるかも」という微妙な力加減をキープです。

その後はちょっと手を離して着き具合を確かめて、また押さえる、というのを1時間ほど繰り返しました。修復がうまくいくと、ホッとすると同時に嬉しい気持ちになります。このときは、夜中に一人、キャットウーマンの前で「やったー!」と喜びました。

現代アートの作品は確かに壊れやすいかもしれませんが、「だからダメ」という話ではありません。それまでの歴史があって今のスタイルになっているのですから、それに対して私たちコンサヴァターが対応しなければいけない、と私は考えています。そのためには、さまざまな作品に向き合い、さまざまな勉強をしなければなりません。

作品のコンセプトを守ることが大事

相澤:私は、美術品をただ単に物理的に保護するのではなく、作品のコンセプトを守りながら保存・修復することが大切だと思っています。物理的に作品を守ることに特化して、作品のコンセプトを損ねるようなことは避けなければならないと考え、日々取り組んでいます。本展でも、作品の強度、作家の意志、作品の特徴・コンセプトなど、バランスを考えたうえで、敢えてケースを使わずに剥き出しで展示している作品が多数あります。 "作品"本来の姿を楽しんでいただければ、と思います。

――今回は「医学と芸術展」での作品保護の裏話をお伝えしました。次週は森美術館の担当者・相澤邦彦にスポットをあて、ひととなりやその仕事についてさらに迫ります。ぜひご期待ください。

撮影:御厨慎一郎

<関連リンク>
「医学と芸術展:生命(いのち)と愛の未来を探る」
会期:2009年11月28日(土)~2010年2月28日(日)
※1月13日、展示替えもしました。

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カテゴリー:01.MAMオピニオン
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