2010年6月29日(火)

「私にとっての《S/N》を語る」ことで、自分を再発見する〜 「新しい人間関係の海へ--《S/N》が切り拓く対話の可能性--」(1)

さまざまな問題提起を含むダムタイプの《S/N》をめぐるトーク&ワークショップ。語ることで、さまざまなことが見えてきます。
まずは出演者3人によるトークから。(文・児島やよい)

「芸術は可能か?」
展覧会の重要なキーワードとなっているこの言葉は、アーティスト・グループ、ダムタイプのメンバーだった故・古橋悌二によるものです。古橋がその強烈な問いを投げかけ、最後に出演したダムタイプのパフォーマンス《S/N》(1994年初演)の記録映像を、「六本木クロッシング2010展」を締めくくる作品として上映展示しています。
《S/N》とは、「シグナル/ノイズ」というオーディオ用語で、2項対立を象徴する言葉ととらえられます。舞台上で、自らのセクシャリティをカミングアウトするパフォーマーたち。さらにHIV陽性であることを語り、ドラァグクイーンに変身する古橋。生々しい言葉と、象徴的なダンスやシーンとで構成される舞台からは、メッセージが次々と発せられます。
生/死、男性/女性といった区別や、国籍、人種、年齢などで人をカテゴライズすることに対する異議申し立て。あるいは、人間関係の危うさの暴露。アイデンティティをいかに築けばよいのか。愛は語れるのか、愛は可能なのか...。
《S/N》から投げかけられるいくつもの問いは人々の心に突き刺さり、さまざまな議論を巻き起こしました。古橋なき今、《S/N》は歴史に残る衝撃的なパフォーマンスとして語り継がれていますが、伝説としてではなく、今あらためて、《S/N》について、古橋が投げかけた問いについて考え、語る必要があるのではないでしょうか。
「六本木クロッシング2010展」の3人のキュレーターや、《S/N》と関わりを持った人たちのそんな思いが、今回のトーク&ワークショップを実現させました。
当日の参加者は20代から60代まで55名、あらかじめ《S/N》を鑑賞して2部構成のワークショップに臨みました。
 

ノイズとして排除されるものを拾い上げる。いいたいことを言う場をつくる。決して古くない、開かれた作品《S/N》

第1部では7人の出演者が、それぞれの「私にとっての《S/N》」を語りました。まず今回は3人のトークを紹介します。
 

山田創平(モデレーター。京都精華大学専任講師、都市社会学者):
1990年代、京都の学生たちにとって、古橋/ダムタイプはすごいムーヴメントでした。初めて記録映像を観て、AIDSやセクシャリティがテーマなのではなく、新しい人間関係を模索する、開かれた作品であると思ったのです。もっといろいろな人がこの作品について語るべきだと思い、2年前から、《S/N》についての開かれたトークの場を重ねてきました。今日は、出演者も、一般の参加者も立場に違いはなく、個人的な「私にとっての《S/N》」を話していただきたいと思います。
 
 

ブブ・ド・ラ・マドレーヌ(《S/N》出演者。現代美術作家、dista支援部コーディネーター):
なぜ、いつまでも《S/N》のことを話すのだろうかと思う時期もあったのですが、作品は作品として独立すべきだし、出演者も出演者であることから解放されて、作品について話すべきだと今は思います。私たちは、アートについて言いたいことをちゃんと言えているのでしょうか。ノイズとして排除されるものを拾い上げるのが《S/N》でした。言いたいことを言う場を作る。そのきっかけとして《S/N》があると思います。
 
 

木下智恵子(「六本木クロッシング」キュレーター。大阪大学コミュニケーションデザインセンター特任准教授):
学生時代に京都で《S/Nのためのセミナーショー》、《S/N》を観て衝撃を受けました。それまでの、かっこいいダムタイプのパフォーマンスとは違ってベタで生々しかったのです。性の多様性などと、簡単に言葉に集約するのではなく、芸術(作品)が巻き起こすチカラを感じました。2003~05年、国際HIV学会が日本で行われた際に、ブブさんをプロデューサーに迎えてプロジェクトを展開しました。《S/N》は決して古くないです。開かれた未来に向けてのオープンソースとして運用すべき資産だと考えています。
 
 

(第2章「豊かなレイヤーが織り成す普遍性と強いインパクト」へ続く)

撮影:御厨慎一郎
 

※この記事は、2010年5月11日に開催のトーク&ワークショップ「新しい人間関係の海へ--《S/N》が切り拓く対話の可能性--」をもとに編集しています。本プログラムのタイトルは、ダムタイプのメンバー・古橋悌二氏が自身のインスタレーション作品《LOVERS》について語った「新しい人間関係の海へ、勇気をもってダイブする」より引用しています。

【児島やよい プロフィール】
キュレーター、ライター。慶応義塾大学、明治学院大学非常勤講師。「草間彌生 クサマトリックス」展に企画協力。「ネオテニー・ジャパン--高橋コレクション」展(上野の森美術館他巡回)等のキュレーションを手がける。
 

<関連リンク>
森美術館flickr(フリッカー)
プログラム当日の模様を写真でご覧いただけます。

「六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?」
会期:2010年3月20日(土)~7月4日(日)

カテゴリー:03.活動レポート
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