2010年7月14日(水)

日本の自然観を再考し、日本固有の文化を紐解く~インタビュー:ネイチャー・センス展を目前に(1)

この夏、森美術館で「ネイチャー・センス展: 吉岡徳仁、篠田太郎、栗林隆 日本の自然知覚力を考える3人のインスタレーション」(7月24日から11月7日まで)が開かれます。それに先立ち、今展の企画を担当した森美術館チーフキュレーター片岡真実に話を訊きました。


本展キュレーターの片岡 

--森美術館は「日本を再定義する」を今年のテーマとして掲げていて、今展はその中でもキーになる展覧会のように思えます。なぜ「ネイチャー•センス」なのでしょうか?

片岡:感覚的に自然を知覚してきた日本人の伝統的な感性、感覚を「ネイチャー•センス」と呼んで、そういった感覚を現代のアートやデザイン作品を通して喚起し、日本の自然観、自然知覚力を再考しようというのが今展の狙いです。

--今展の企画意図について、「日本を再定義する」テーマとの関わりを教えてください。2年間、ロンドンのヘイワードギャラリーのインターナショナル・キューレーターとしても活躍し、世界のアートシーンを内側から見てきたご自身ならではのお話をお願いします。

片岡:この20年間グローバルに広がって来た世界の現代美術の動向を見てくると、日本のプレゼンスが低くなっていると感じます。1989年11月、ベルリンの壁が崩壊し世界の政治的・経済的な地図が一変、それまで知らなかった地域から新しい表現が生まれ、国際的にはとりわけ中国やインドといったアジアの新興国や中近東への関心が、アートの分野でも高まってきているなか、日本のアートへの注目度は高くありません。

--政治経済の上で、日本は国際情勢に乗り切れてないことがアートにも反映されているのでしょうか?

片岡:1989年12月、日本は東証株価歴代最高値を記録し、バブル経済の絶頂期に達しました。世界が地殻変動を起こしながら新しくなっていった過程で、日本はその後の長期的な不況を経過するなか、極めて内向きになってしまい、この20年の間に世界で果たす役割もエネルギーも弱くなってしまった。それは確実にアートにも反映されていると思います。昨年は民主党による政権交代もおこり、外から見ても、日本を再定義する時期にきているタイミングでした。海外にいくたびに日本のアートはどうなっているのか、訊かれることもしばしばです。

--実際、世界の中で日本の現代美術はどのように見られ、どう位置づけられているのでしょうか?クールジャパンの名の下、日本の漫画やアニメ、かわいい文化ばかりが取沙汰されていますけれど。

片岡:スーパーフラットやマイクロポップなどの用語や観点が提示されたことは重要でした。国としては文化庁がマンガやアニメなどをメディアアートとして奨励しようとしているところがありますが、それらは表現方法としてのメディアの問題であって、これだけ表現が多様化している今日、日本の現代アートに立ち現われる本質的なものの説明にはなっていません。宮崎駿のアニメ作品にしても、手法はアニメーションを使っているけれど、彼が伝えたいのはアニメの技術ではなく、もっと本質的な問題だと思います。

--では、日本人作家の本質はどういうところに表われてくるのでしょうか?

片岡:欧米の作家たちと比較すると、美術教育の影響もあって制作姿勢の違いが見えてきます。欧米の美術教育は、コンセプトありきから制作が始まります。この20年の間に多様な文化的、社会的、政治的な背景を持つアーティストがアートシーンに共存することになり、各々の地域のアーティストたちが、自分たちのルーツを探り、歴史的な文脈づけを行いながら、自らの表現を模索しています。それに比べると日本の作家たちは、コンセプト優先で、自らのステートメントを理論的に語るところから入る制作とは違うんです。


今回の聞き手の玉重氏

--日本の作家の制作姿勢にはどんな特徴がありますか?

片岡:より実践的、職人的で、修行にも似た、根を詰めた制作プロセスから何かをつかみとろうとしているように思える。欧米のように、ある概念を具現化するために形をつくるというのではないんです。描き込み系と呼べるような作家などは、集中したスタジオワークの作業の中で、形やディテールを探り、自分に向き合い、何かを見い出そうとしている。その内的世界観の表出のさせ方はどこからきているのか考えていくと、行きつくのは、独自の宗教観の影響も受けた日本人の自然観なんです。

--自然観こそが日本人のアイデンティティーの根幹にあり、「日本の再定義」にもつながると?

片岡:日本人が古来から育んできた自然観や宇宙観を再考することで、われわれ日本文化の固有性をひもとき、地球環境が激しく変化する現代において、未来への洞察を試みることが可能なのではないかと思っています。アートというもの自体が現代を生きる人間がグローバルにかかえている問題に対し、なんらかの回答、もしくは態度を示すことができると思うからです。

《次回 第2回「自然(しぜん)から「自然(じねん)」へへ続く》

(聞き手:玉重佐知子)
 

【玉重佐知子プロフィール】
文化ジャーナリスト。早稲田大学卒。1988年渡英、ロンドンで西洋美術史、映画文化人類学を学んだ後、ロンドンを拠点にNHKやBBCなどのドキュメンタリー番組制作に関わる一方、美術、建築、デザインについて、アエラ、日経アーキテクチャー、BT(美術手帖)、Blue Print他に執筆。英国や日本の文化政策や文化を起爆剤にした地域振興戦略を追っている。書籍「Creative City アート戦略EU•日本のクリエイティブシティー」(国際交流基金/鹿島出版会)の一部執筆。
 

<関連リンク>
・連載インタビュー:ネイチャー・センス展を目前に(全4回)
第1回 日本の自然観を再考し、日本固有の文化を紐解く
第2回 「自然(しぜん)から「自然(じねん)」へ
第3回 「作家が紡ぎ出す、抽象化された自然のインスタレーション
第4回 「ネイチャー•センス」喚起!見えてくる日本のカタチ

「ネイチャー・センス展: 吉岡徳仁、篠田太郎、栗林 隆
 日本の自然知覚力を考える3人のインスタレーション日本の自然知覚力を再考する」

 会期:2010年7月24日(土)~11月7日(日)

カテゴリー:01.MAMオピニオン
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