2010年11月 9日(火)

造園からアートへ。「ポータブルな庭をつくりたい」~「ネイチャー・センス展」を二度楽しむ、篠田太郎×片岡真実トーク(1)

8月25日、MAMCメンバーズ・ギャザリングにおいて、篠田太郎さんとチーフ・キュレーター片岡真実によるトークが行われました。「ネイチャー・センス展」出展作家の中でも、都市と自然、人間の関係や、自然の本質について問いかける映像、立体、インスタレーションを展開し、展覧会の核となる部分を担っている篠田さん。第1章では、篠田さんが、庭に興味を持ち、アーティストとなったきっかけや、初期の活動についての話をご紹介します。(文・児島やよい)


スケールの大きな「宇宙観」を語ってくれた篠田さん

銀閣寺に衝撃を受けて、造園を学ぼうと決意した中学生。気がつけばアーティストに

片岡:今日は出展作品以外にも、作品の画像も持ってきていただいたので、「ネイチャー・センス展」に出展された3つの作品に至るまでのお話をしていただきたいと思います。それによってもう少し、篠田太郎さんというアーティストを知ることができればと思います。
もともと造園を勉強されていますが、庭に興味を持たれたのはいつから?

篠田:中学の修学旅行で京都に行ってからです。銀閣寺の向月台を見た時に、これは何だろう、とすごくビックリした。これが日本庭園というものかと。東京にはあまりいい庭が残っていないですし、本当にいい庭に触れたのは、それが初めてでした。すぐその世界に入りたいと思い、都立園芸高校の造園科で3年間勉強しました。

片岡:卒業後も実際に造園の仕事をして、それからアーティストになったんですね?

篠田:そうですね、思い通りの造園家の仕事ができたら、そのまま造園家になっていたと思うんですけど、そうはならなくて、すごくフラストレーションがたまったんです。というのは、造園は設計・施工・管理と大雑把に分かれていて、いわゆる植木屋さんというのは管理に入ります。80年代前半のバブルが始まった頃だったので、高校を卒業したばかりの自分が、好きなように土地をもらって好きなように設計をする時代ではなかったんです。
あと、京都で見て、これだ!と思ったような庭というのは、現代では法規的な問題があって造れないんです。例えば公共の池には手すりを設けなければならない。高さの制限とか、街灯を建てなきゃいけないとか、制約が多い。高校の頃はものすごく自由でした。1クラス40人で庭の設計コンペをして、自分たちで選んだ庭を1年かけて造るんですけど、そこには何の制約も法規的な問題もなかった。学校の中に日本庭園、西洋庭園、温室、農場もある。そんな自由な高校から実社会に出て、いろんな制約の中で自分の思い通りにならないというフラストレーションから、それなら思い通りにできる方法は何かと考えました。土地を持たずに庭を造りたい。じゃあポータブルな庭を造ろう、というところから、最初はそれが美術だという認識もなくつくり始めたんです。

片岡:1995年に京都の龍安寺をモデルにした《ミルク》という作品をつくっていますね。篠田さんの代表作で、今回出展している《銀河》という作品につながる、その前身となるような作品です。


会場は篠田さんの作品「銀河」に因んで六本木ヒルズクラブの「スターバー」

篠田:《ミルク》は龍安寺の石庭をモチーフに作りました。2年間くらい工場に働きに行って、溶接などの技術を習得しました。

片岡:その頃に習得した技術が今も活きていて、今回の出展作品など、基本的に篠田さんは大掛かりな作品も一人でつくるんです。今は外注するアーティストも多いですけど、コンセプトをしっかり持っていて、しかもそれを形にする術、技を腕に職として持っている数少ないアーティストです。

篠田:(笑)今でも必要な技術があればそれを勉強して、自分でやっています。

片岡:まわりに蛍光灯がついてバーが動いていきますね。この動きは、人間のDNAの動きを反映している?

篠田:ウンチクとしてはそうなんですけど(笑)、ゆったりと瞑想的な空間ができればいいと。だから《ミルク》というタイトル以上のものをあまり説明しなかったんです。基本的には、自分たちの遺伝子を伝達していく仕組みをダイアグラムに置き換えたときのパターンで、これらのバーが動いてます。
 なぜミルクか。乳白色の空間が美しいと思ったこともありますが、人間の体液の中で唯一、他者に対してだけ存在するものがミルクなんです。涙も自分の目の為、血液も精子も自分の為、ありとあらゆる体液が自分の為に存在している中で、ミルクだけが、自分の子どもの為だけに存在する液体です。そこにハーモニー、協調性みたいなものとか、人がどういう風にお互い関係していくかという美しさみたいなものを感じた。そのハーモニーに満たされて瞑想する空間をつくりたいと思いました。それがぼくにとっての庭というものと通じるところがあったんです。分解して2トン車に載るのでモバイルで、どこでも展示ができる。これはポータブルな庭であると考えたんですね。


次々と篠田氏から話題を引き出すチーフ・キュレーター片岡真実

片岡:私が初めて観た篠田さんの作品は、現代美術館名古屋で、双子の姉妹がフランス料理を食べるという《ミディアム》(1998年)でした。

篠田:イタリアでも展示しましたが、その時はイタリア人の双子の姉妹、名古屋では名古屋人の双子の姉妹にお願いしました。双子に興味を持つのは、アイデンティティとは、人間とは何だ、ということを考えた時に、人間の営みとはなんだ、という問題提起が根底にあるからです。双子というのは肉体的には同じであって違う経験を持つ存在なんじゃないか、と思いました。彼女たちはこれからフランス料理を食べます。フランス料理というのは、肉には赤ワイン、魚には白ワイン、フォークとナイフの使い方はこうで、といった、最も教育的な、食べ方のマナーを求められる料理だと思うのです。そういうマナーと、モノを食べたいという本能的な欲求とがせめぎあった時に、同じ人物が、経験値の違いから、どういう選択肢を取っていくのかという興味からつくった作品です。ぼくの経験では、16歳から18歳くらいの間に、生まれ持ったものと経験値とが入れ替わるんじゃないかと。ですからこのパフォーマンスではその年齢の人たちにお願いしています。
2人は、順番に好きなものをメニューから選ぶ。ひとつの皿が終わったら,次はこれが食べたい、ともうひとつのお皿を注文する。2人には何の打ち合わせもせず、メニューの相談はしないで、途中で止めてもいいから、と話してスタートします。
シンクロ率ですか?今まで5カ国くらいでやりましたが、100パーセント、2人がシンクロするんです。

片岡:100パーセント!それはすごい。篠田さんの作品の、ちょっとした不思議さが、身体の問題から自然の問題、宇宙の問題までつながってしまうところにとても刺激を受けます。それこそ「ネイチャー・センス展」で考えたかった「森羅万象」ということについて考えさせられるなあと思います。

撮影:御厨慎一郎

≪次回 第2章 「自然の庭」を探す旅での出会い、不思議な体験とは? に続く≫

【児島やよい プロフィール】
フリーランス・キュレーター、ライター。慶応義塾大学、明治学院大学非常勤講師。「草間彌生 クサマトリックス」展に企画協力。「ネオテニー・ジャパン--高橋コレクション」展(上野の森美術館他巡回)等のキュレーションを手がける。
 

<関連リンク>
・連載対談:「ネイチャー・センス展」を二度楽しむ、篠田太郎×片岡真実トーク
第1章 造園からアートへ。「ポータブルな庭をつくりたい」
第2章 「自然の庭」を探す旅での出会い、不思議な体験とは?
第3章 「ネイチャー」とは文字通り、あらゆるものだと思う

「ネイチャー・センス展: 吉岡徳仁、篠田太郎、栗林 隆
日本の自然知覚力を考える3人のインスタレーション」

会期:2010年7月24日(土)~11月7日(日)

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カテゴリー:03.活動レポート
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