2014年8月20日(水)

「養子」について考えてみる
~映画『はちみつ色のユン』上映プログラム&アフタートーク

国際養子縁組を通して韓国からベルギーへ渡ったユン監督の自伝的な映画『はちみつ色のユン』(フランス、ベルギー、韓国、スイス/2012年/75分)と、各国の養子縁組について取材を続けている後藤絵里さんをお迎えして、2014年8月9日にアフタートークを行いました。


展示風景「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」、森美術館、2014
ジャン・オー
「パパとわたし」シリーズ
2006年
タイプCプリント
100×100cm[各]
所蔵:森美術館、東京
撮影:阪野貴也

白人の男性とアジア系の少女。「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」に展示されているジャン・オーによる写真シリーズ「パパとわたし」に写っているのは、国際養子縁組によって中国からアメリカに渡った少女と、受け入れ先の父親との組み合わせです。国際養子縁組大国のアメリカでは、2003年から12年までに17万人近い子どもを海外から養子として受け入れています。

子どもを取り巻く環境に注目する展覧会との関連から、「養子」というテーマに注目し、今回『はちみつ色のユン』の上映を行い、アフタートークとして朝日新聞記者の後藤絵里さんにお話を伺いました。後藤さんは2011年に朝日新聞GLOBEで養子の特集をして以来、各国の養子縁組の事情について取材していらっしゃいます。綿密なリサーチに基づいた後藤さんのお話によって、日本と海外における養子の実態が浮かび上がりました。


後藤絵里氏

『はちみつ色のユン』は、国際養子縁組によって韓国からベルギーに渡ったユン監督の自伝を、アニメーションと実写を交えて表現した映画です。最新のアニメ技術を駆使しつつ、養子というセンシティブな話題を当事者の声を通して語った、画期的な作品だといえます。朝鮮戦争後の国内の貧困をきっかけに始まった韓国から海外への養子縁組はその後も増え続け、経済的に豊かになっていった1980年代にピークを迎えます。その数は80年から90年までの10年間に65,000件を超します。この背景には、韓国における未婚の母や婚外子への厳しい差別と偏見があります。中国における一人っ子政策や、韓国の差別の習慣など、各国の社会的状況が国際養子縁組の実態に影響を与えていることがわかります。

では日本での事情はどうなのでしょうか。日本における養子縁組は、ほとんどが家督相続のための成年養子です。子どもの養護の立場から行われる特別養子は、現在年間400件程度にとどまっています。アメリカの年間約80,000件に比べていかに少ないかがわかります。


アフタートーク会場の様子

一方で、日本では多くの子どもが乳児院および児童養護施設で育っています。年間約3,000人の、親が育てることができない赤ちゃんの9割は乳児院に預けられるという現状があります。しかし海外では、人生の初期に特定の大人のケアが必要であることが明らかにされ、養護施設は廃止される傾向にあります。施設出身者が大学進学や就職に関して不利な状況にあることは、日本の統計でも明らかです。この流れに反して、日本では過去10年間の施設への入所児童は増え続けています。

さらに、現在日本は「不妊治療大国」で、1,000人当たりの体外受精児数でアメリカを抜いています。しかしながら養子縁組と不妊治療との補完性は全くないのが現状です。養子縁組が子どもを持つことの一つの選択肢となっていないのです。このようなことの背景に、血縁へのこだわりや実親の親権の強さなど、日本特有の事情が見えてきます。さらに、政府による養子に関する情報発信や通達指導も徹底されていません。

海外では、生みの親と育ての親が情報を共有し、ともに子どもの成長を見る「オープンアダプション」が広まりつつあります。養子はもはや隠すべき秘密ではないのです。そして、血のつながりだけが家族ではありません。より多様な家族のあり方を受け入れる社会になることが大切だと後藤さんは語ります。

かつてないほどの少子化が進む現在の日本において、養子という選択を新しい家族のかたちとして前向きに捉えることはできないのでしょうか。多様性を認めるこれからの社会を探る上でも、養子についてのオープンな議論が求められています。


本展キュレーターの荒木夏実(左)と後藤絵里氏(右)

文:荒木夏実(森美術館キュレーター)
撮影:田山達之
 

<関連リンク>

「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」
会期:2014年5月31日(土)-8月31日(日)

「MAMプロジェクト021:メルヴィン・モティ」
会期:2014年5月31日(土)-8月31日(日)

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カテゴリー:03.活動レポート
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