2011年1月11日(火)

生まれ育った京都で、ファントムを感じていたのかもしれない ~小谷元彦インタビュー(4)

京都出身で、子どもの頃から仏像にも慣れ親しんだ小谷元彦さんは、実家の環境に複雑なレイヤーがあったことが大きく影響していると言います。それはどんな美意識をもたらしたのか。ファントムの源泉をたどります。(文・児島やよい)


開催中の「小谷元彦展:幽体の知覚」展示風景

----生まれ育った京都の環境で触れていたものは、今の制作にも影響していますか?

小谷:そうですね。特に、僕自身の大きな下地になったんじゃないかなと思うのは家の環境です。僕の実家は、三条河原町という、京都の中心地の繁華街で、洋装生地を扱う店をやっていました、裏は墓地で、墓地と繁華街っていう、ものすごくコントラストの効いたところに自分の家があった。その中間地帯にいるという緊張感は、子ども心にもありました。夜中にひとりでお墓に出たりすると怖い。自然界にある恐怖感とは違う、何かそういう雰囲気がありましたね。目に見えない気配のようなものを感じて、その頃から幽体を意識していたのかもしれない。オカルティックなものとは違うんですが。

しかも三条河原は石川五右衛門が処刑された有名な刑場。小さい頃はそんなところだと知らなかったけど、ある年齢になって「うわ、そんなとこに住んでたんか!」と三条河原の鴨川周辺イメージが反転化するんですよ。だから、自分の中でいろいろ考えることは確かにあったかもしれない。複雑なレイヤーが自分の家という環境にできていたことは、その後の僕の制作と関係していると良く思いますね。実家の店は京都なのに呉服じゃなくて洋物を扱っていて、家にファッション雑誌が普通にあったし、周りは土産物屋がいっぱいあって、わりと特殊な環境だったかなと思います。

----小谷さんの作品には、独特の美意識が感じられます。その、美の基準はどんなところにありますか?

小谷:たとえば、僕はフィギュアを良く買うんですけど、いわゆる美少女フィギュアはあまり興味なくて。僕が買うものは、いわゆる特殊フィギュアみたいな分野ですかね。映画<鳥>のバービー人形とか、ギロチンのプラモデルとか。エクソシストの首がモーターで回転するヤツとか(笑)。一般的にはそれって理解されにくい範疇だと思うんですよね。

----え、ホラーマニア?

小谷:ホラーというジャンルは細分化されています。スプラッターという分野よりもサイコホラーに興味は持っていますが、僕はジャンルに対し、誇張化もしくは無効化するような要素が付け加わっていないとピンとこない。きれいなだけで歪みのないものっていうのは嘘に見えてしまう。たとえば夕陽を見てきれいだね、とか言われても、観る側の心理状態をプロジェクションするものですから、より複雑な心境である方がその美しさをキャプチャーできるはず。それが僕にとっては自然なんです。映像の編集をしていても、何か歪んだ要素を入れてしまう。

それは一般的にはグロテスクで歪んでると思われるものかもしれないけど、僕は歪んでるとは思ってないし、むしろそれが愛おしいとさえ思う。それはずっと変わってないですね。一般的に思われているような美しさというのは僕の基準にはない。そもそも美の基準は、曖昧すぎる。ある程度までビジュアル的には科学的に解明されているにせよ、それを感じる知覚は日常を超えてもっと複雑にできていると思います。


《SP extra 畸形脳面集 半骸幽女 双生児》
2007年
木、岩絵の具、漆、ほか
100 x 17 x 7 cm(各、2点組)
プライベート・アジアン・コレクション、香港
Photo: Kioku Keizo
Photo courtesy: YAMAMOTO GENDAI, Tokyo

----仏像をかっこいい、って見ていたのと、フィギュアを見るのとは同じ感覚なんでしょうか?

小谷:ああ、大まかには一緒ですよそれは。当然、僕は単に娯楽としては見れないし、縦横の歴史的なフィルターや制作プロセスを通して見てしまいますが。。僕が小学生の頃はまだフィギュアじゃなくて<ガレージキット>って呼ばれてましたけど、いわゆる一般に浸透する前、「宇宙船」という雑誌にのるくらいで水面下でしか存在してなかった。まったく一般的ではなくてある嗜好性を持った人しか買わない、完全にアンダーグランドカルチャーでした。大学生の頃の僕自身は制作する上ではすごく楽でしたね、まだそういうものが横に同列に存在していないという意味で。

----逆にフィギュアが表舞台に出てきたら意識せざるを得ない?

小谷:彫刻をやっていたら、横の流れで日本のフィギュアは意識下に入るはず。そこのところをどう捉えるかという考え方が、今とは違っていたんじゃないかと思います。僕はわりとそこを部分的に含有しつつも、周到に避けようとした部分があった。むしろサブカルチャーというものが一般に浸透するにしたがって、あっち側の世界に回収されないものってなんだろう、と考えました。そこをひっぱってくると、近代という部分が当然出てきてしまって、ある部分で袋小路になったという気もしてますね、自分の中では。すごくまじめに考えすぎたかもしれません。

今はそれがオーバーグラウンドに出て、一般化したと思います。自分の中で当時、そういうものが進行してくるに従って、そこに回収されない、違うところを探して重箱つついてた。でも、そういうのはもう考えなくていいんじゃないかなと、今は思っています。
それにこの先は彫刻メディアの捉え方がいままでとは違って見えてきつつあるので、そこへ行きたいという意思を持っています。

《次回 第5回 優雅さと暴力性、ファッションの魅力とマンガの影響 に続く》

【児島やよい プロフィール】
フリーランス・キュレーター、ライター。慶応義塾大学、明治学院大学非常勤講師。「草間彌生 クサマトリックス」展に企画協力。「ネオテニー・ジャパン--高橋コレクション」展(上野の森美術館他巡回)等のキュレーションを手がける。
 

<関連リンク>

・「小谷元彦展:幽体の知覚」アーティストの素顔に迫る ~小谷元彦インタビュー
第1回 <幽体=ファントム>とは何か?展示を前に思いを語る
第2回 映像で彫刻をつくるということ
第3回 彫刻という表現の可能性--始まりは「仏像はエフェクト」という開眼だった
第4回 生まれ育った京都で、ファントムを感じていたのかもしれない
第5回 優雅さと暴力性、ファッションの魅力とマンガの影響
第6回 お笑いと映画への愛 自分に重ね合わせる、リスペクトする人たち

「小谷元彦展:幽体の知覚」
会期:2010年11月27日(土)~2011年2月27日(日)

・森美術館flickr(フリッカー)
展示風景「小谷元彦展:幽体の知覚」

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