2011年9月28日(水)

アートと音楽の境界線を飛び越えて マイク・スペンサーと子ども達が作ったフレンチ・ウィンドウ展の音楽

森美術館を舞台に、こどもたちが"偶然性の音楽"に挑戦!イギリスで音楽家、エデュケーターとして活躍するマイク・スペンサーさんを招いて開催された音楽ワークショップを振り返ります。


音楽ワークショップ「アートがつむぎだす音―フレンチ・ウィンドウ展から音楽をつくろう!」
会場風景
撮影:御厨慎一郎

それはアートと音楽が混然一体となった摩訶不思議な時間でした―。フレンチ・ウィンドウ展をより抽象的な音楽を切り口にして立体的に体感するプログラムを作れないだろうか。それが企画の生まれたきっかけですが、実現には二つのポイントがありました。一つは、アートや展覧会を形のない音楽とどのように結びつけ表現できるか。二つめは、本展を構成するマルセル・デュシャンを始めとする出展作家たちの革新的な精神にどう触れさせることができるか。その両方に挑戦したのが"偶然性の音楽"の手法を用いた"実験的"ワークショップですが、その成果はいかに?それはこどもたちの爽やかな笑顔とパフォーマンスが物語っていました。

講師のマイク・スペンサーさんはまるで空気のように無言で登場し、自身のヴァイオリンケースから様々な道具を取りだしてはこどもたちの笑いを誘います。次第に皆の緊張をほぐす"アイス・ブレイキング"と呼ばれるゲームへと発展したあと、楽器を手にしたこどもたちに様々な課題が与えられました。自分たちで決めた言葉を描き、そのイメージを音で表現します。あるチームでは「MUSIC」とし、「M」を力強い赤で描きました。するとある子が「M」には対になった山が二つあることに気づきました。そこで二つの太鼓が呼応したあと、華やかな花火が上がるように力強くシンバルが鳴って終わる曲を作りました。「S」は楽器をS字型に並べて流れるように優しく奏でます。さらに新聞から無作為に言葉を選んだり、「グリコジャンケン」「食べる真似」などの動作を考えたり・・。それらはあとで発表する曲の要素になるのですが、まだ多くの人がそのことに気づきません。


全身を使って曲の要素を作るマイクスペンサーとこども達


リシャール・フォーゲ《無題》2001年とこども達

後半では、展示室で作品を観ながらディスカッションをしました。男が水上を歩くフィリップ・ラメットの写真作品に、「きっと(海の底を歩けるほどの)長い靴を履いているんだと思う」という感想も。アートから様々なことを想像するこどもたちに、「アートの世界では日常にありえない世界が起こっている不思議に出会うことができるね。いろんな"見方"ができるということは、いろんな"聞き方"ができるということです」とスペンサーさん。
いよいよサイコロを使って前半に作った音をスコアに反映させます。音の種類や順番、休符も偶然が決定するという徹底ぶり。「沈黙」を示す7番が立て続けに出て笑い転げるチームも。最後の発表会では4チームが異なる曲を同時演奏。言葉を繰り返すチームの隣でグリコジャンケンや演奏が繰り広げられるという具合。盛り上がりや静寂が絶妙なバランスで訪れる予測不可能な展開、真剣なパフォーマンスに大人も釘付けになりました。

アートと音楽は領域の異なるものと考えがちですが、近現代の美術史を振り返ればその表現を巡り、音楽を身近に感じていた作家は少なくありません。マルセル・デュシャンも、作曲家の意図を排除し音楽の生成に偶然性を関与させるチャンス・オペレーションを発想して伝統的な西洋音楽の常識にゆさぶりをかけました※。とはいえ、本展を題材にアートと音楽の共通項を探し、融合させることができるだろうか―。両者の境界線を超えたところにある革新性や創造性の源に触れることが、このワークショップづくりの鍵だったと言えます。


ファシリテーターとして日本フィルハーモニー交響楽団の演奏家たちも参加しました

英国で音楽家、エデュケーターとして活動するスペンサーさんは、博物館や学校、コンサートホールなどで様々な音楽ワークショップを行ってきました。彼のワークショップには物語性に着目するもの、作曲家の創作過程を辿りながらその音楽性を理解させるものなどがあり、音楽鑑賞や創作に親しむ指針を与えてくれます。今回はマルセル・デュシャンとの交友を通してその思想に影響を受け、のちに "偶然性の音楽"を発表して音楽界に衝撃を与え、現代音楽へと昇華させたジョン・ケージの創作過程を辿る手法を用いて、こどもたちの創造性を引き出すワークショップを見事に指揮してくれました。それはアートや音楽を型通りに学ぶことではなく、これらを通しての創造的活動だったと言ってもいいでしょう。展覧会は目的になるのではなく、主役をしなやかに包み込む有機的な環境として機能したと考えることもできます。


色とりどりの楽器を演奏するこども達

音をつむぎだすこととアートを生み出すことは似ていると感じました。アートは思考や造形の要素をつむいでは壊し、継ぎ足し、再構築を繰り返しながら完成を目指すものです。創造する力の源は感覚であり、感受性の拠りどころはその人らしさです。"自分の見方で"を共通項とするならばアートも音楽も、創作も鑑賞も等しく創造的な営みだと言えるでしょう。感性豊かで未分化なこどもたちは境界線を軽々と飛び越え、仲間と協調しながら"自分たち"らしく創造することに挑戦していました。感性の潜在力や教育的環境としての美術館の可能性を改めて感じさせてくれました。

※会期中「マルセル・デュシャンの音楽:《音楽的誤植》再現上演」を開催しました。ブログ公開中。

(文・森美術館学芸部パブリックプログラムエデュケーター 白濱 恵里子)
 

<関連リンク>

フレンチ・ウィンドウ展:デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線
会期:2011年3月26日(土)- 8月28日(日)
会場: 森美術館

・森美術館flickr
音楽ワークショップ「アートがつむぎだす音―フレンチ・ウィンドウ展から音楽をつくろう!」

スペシャル・サマーコンサート「マルセル・デュシャンの音楽:《音楽的誤植》」再現上演

カテゴリー:03.活動レポート
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