2011年12月22日(木)

「MAMプロジェクト015:ツァン・キンワー」キュレータートーク レポート
香港という場所、そこから生まれるアート

返還後15年が経とうとしている香港。そこで暮らすアーティストたちは、どのように移り変わる街を捉え、作品に反映させているのでしょうか。2011年11月19日に開催された「MAMプロジェクト015:ツァン・キンワー」展キュレータートークでは、本展担当の森美術館キュレーター荒木夏実が、作家の在住している香港のアート事情や、そこに暮らす同時代作家の多様な表現にも触れつつ、ツァンのこれまでの作品に取り上げられている様々な問題について掘り下げて紹介しました。


「MAMプロジェクト015」展担当の森美術館キュレーター 荒木夏実
 

ツァン・キンワーが2003年より手がけている壁紙のインスタレーション。一見、優雅な花柄のように見えて、近くで見るとFワードが連なる言葉でそれが形作られていることに気づき、そのギャップに困惑させられます。

《無題―香港》
2007年
紙にシルクスクリーンとアクリル
展示風景:香港美術館

《無題―香港》(部分)

その一つ、《無題―香港》(2004-2008)では、19世紀のイギリス人デザイナーによるウィリアム・モリス調の花柄を引用しています。しかし、このデザインのもとは、実は明・清時代の陶磁器の柄なのです。かつてイギリスの植民地だった香港の歴史と重ね合わせて制作したこの作品には、「本土野郎の金をまきあげろ」「ママはものすごく偉くて金持ちだ」などの言葉が綴られています。1997年にイギリスから中国に返還されて以来、香港は一国二制度の下、資本主義システムが継続され、返還後50年の自治権が約束されています。とはいえ、中国本土への経済的な依存は増しているのが現状です。そのような香港の複雑なアイデンティティーやジレンマが読み取れるのです。


チョウ・チュンファイ
2007年
《傾城之恋~上海ロマンス~「私は本物の中国人とはいえない」》
カンヴァスにエナメルペイント

トークでは、上記以外のツァンの作品に加え、他の香港アーティストも紹介されました。映画やドラマの1コマを絵画に再現するチョウ・チュンファイの作品では、「アイデンティティーを返せ」、「私は本物の中国人とはいえない」という台詞が語られる場面が抽出され、香港のアイデンティティーへの言及が見られます。また、作家の制作スタジオや、アートフェアの様子なども紹介されました。作家の制作現場の雰囲気や、世界中の画廊が集まり活況を極めるアートフェアの様子を見ることで、香港アートの今を身近に感じていただけたのではないでしょうか。


《第五の封印―彼は自らと同じくあなたがたを苦しみにあわせ、殺すであろう》
2011年
デジタルビデオ・プロジェクション、サウンド(13分30秒)
展示風景:森美術館
写真:森田兼次

そして本展の新作、《第五の封印―彼は自らと同じくあなた方を苦しみにあわせ、殺すであろう》についても語られました。ビデオ・プロジェクションを用いた本作では、蠢く文字が壁を覆いつくし、観客は文字の嵐に包み込まれます。これらの文字は、聖書などの書物を元に、作家自身の言葉を重ねたものです。「あなたは決して邪悪なことをしなかった」「彼は良いことは何もしなかった」「しかし善はあなたとはかけ離れている」「しかし悪は彼とはかけ離れている」といった言葉が、解体され、交じり合っていく様子は、善と悪、生と死、復讐と犠牲、自己と他者など、対立項と思える言葉の境界が実は曖昧であることを感じさせます。こうした白でもなく黒でもない領域に目をむけ、生きていく中で出会う様々な葛藤や物事の狭間で逡巡する人間の性(さが)に、ツァンは勇気を持って向き合う作家なのです。

「MAMプロジェクト015: ツァン・キンワー」展は、2012年1月15日まで森美術館ギャラリー1にて開催中です。どうぞお見逃しなく!

文:酒井敦子(森美術館学芸部パブリックプログラム エデュケーター)
 

<関連リンク>

「MAMプロジェクト015:ツァン・キンワー」展
会期:2011年9月17日(土)~2012年1月15日(日)

【flickr】展示風景「MAMプロジェクト015:ツァン・キンワー」

【flickr】「MAMプロジェクト015:ツァン・キンワー」アーティストトーク

【Blog】文字が織りなす新作インスタレーションで問うのは、"生の意味" "善悪の問題" ?ツァン・キンワー:アーティストトークより

カテゴリー:03.活動レポート
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