2013年7月 5日(金)

アウト・オブ・ダウト―日本の現代アート、社会の今を問う
「六本木クロッシング2013」キュレーター・インタビュー

「六本木クロッシング」は、日本のアートシーンを総覧する定点観測的な展覧会シリーズで、時代を代表する作品が一堂に会します。森美術館開館10周年を記念する「六本木クロッシング2013」は、「アウト・オブ・ダウト―来たるべき風景のために」と題して9月21日(土)に開幕。シリーズ初の試みとして、森美術館チーフ・キュレーター片岡真実のほか、海外から若手ゲスト・キュレーター2名を迎えて開催される本展について、3名のキュレーターに、構想や意気込みなどを伺いました。

 


左から、ガブリエル・リッター、片岡真実、ルーベン・キーハン

 

―まずは、それぞれの自己紹介をお願いいたします。

ガブリエル・リッター(以降 ガブリエル):米国のダラス美術館でアシスタント・キュレーターをしています。日本の近代・現代美術を研究していますが、西洋美術史に関する知識も一通りあります。

片岡真実(以降 片岡):森美術館でチーフ・キュレーターをしています。森美術館には2003年の開館時からいますので、今年で10年目です。特に日本やアジアを中心とした、現代アートの実践を見てきました。

ルーベン・キーハン(以降 ルーベン):オーストラリアのブリスベンにある、クイーンズランド・アートギャラリー|ブリスベン近代美術館(GOMA)でキュレーターをしています。担当はアジアの現代美術で、自分が長年研究し続けてきたテーマです。個人的に日本とは長い付き合いがあるので、特に日本美術に興味があります。

 

―キュレーター3名それぞれの役割とは?

片岡:ガブリエルは米国、ルーベンはオーストラリアを拠点にしているという地域的な特徴があり、今回の「六本木クロッシング」では、在外アーティストも積極的に紹介したいという意図から、彼らに声を掛けました。それぞれが拠点としている地域から、日本に関連したアーティストを紹介してもらうことを期待しています。

また、今回はいくつかの文脈で今の日本美術を考えたいと思っているのですが、ガブリエルは"ナンセンス"の系譜について関心があったり、ルーベンはアジアの現代美術を幅広くリサーチしているので、アジアという地域的な文脈の中での日本のアート、同時代のアートを見せることができるのではないかと考えています。

 


片岡真実(森美術館 チーフ・キュレーター)

 

ガブリエル:各々にあらかじめ決められた役割があるかどうかは分かりませんが、確かに3人が集まることで、それぞれが異なる意見を出し合うことができます。ルーベンはオーストラリアでの動向を、私は米国での動向を伝えたいのですが、それ以上に日本のアートの動向や関心について、より深く3人で分かち合いたいと思っています。
3人は異なる場所を拠点にしており、それぞれ異なる考え方を持っていますが、その多様性が展覧会に面白みを増すことができると思っています。

ルーベン:注意したいのは、3つの異なる展覧会を作るのではなく、3人で共同してひとつの展覧会を作り上げなくてはならないことです。
ですから、3人での話し合いやリサーチを重ねていく過程がとても重要ですし、誰かひとりの強い主張が反映されるのではなく、本当の意味で3人の共同企画になれば良いと思っています。

 

―以前からお互いに知り合いだったのですか?

片岡:3人で仕事をするのは今回が初めてです。
ガブリエルには、田中功起君を通してロサンゼルスで会っていましたが、以前から、彼が会田誠のモノグラフに原稿を書いていること、会田誠やChim↑Pomなどの展覧会を企画していることなどを知っていました。米国には、戦後の日本美術のアカデミックな研究者は多くいるのですが、現代の日本のアートの動向やアーティストについて詳しい人は、なかなかいないのが現状です。ですから「1980年代生まれの世代で、現代の日本のアートシーンに詳しい人がいるのね」と、目を付けていたんです。

 


左より、ルーベン・キーハン、片岡真実、ガブリエル・リッター

 

ルーベンは、日本に留学経験もあり、また韓国やシンガポールなど、いろいろな所で会っていたので、一緒に仕事をしたことはありませんでしたが、知っていました。それから、彼の所属するクイーンズランド・アートギャラリー|ブリスベン近代美術館が、かなり長い期間、幅広くアジア太平洋地域に対して視野を向けて活動を続けていたこともあり、その立ち位置から日本を見てみるのも面白いかなと思っていました。日本のアーティストも積極的に紹介していましたので。ある程度日本のアートについての見識がある海外の人たちと仕事をしたいと考えていたので、この2人を選びました。

2人にコンタクトしたのは1年ぐらい前ですね。最初はそれぞれ別々に会って話をして、ガブリエル、ルーベンのどちらかが日本に来た際は、3人でSkypeをしたり、後はそれぞれにメールやSkypeで連絡を取っていました。彼らが日本に来たときには、お互いが気になるアーティストをリサーチしたり、スタジオ・ビジットをして、3人の共通の体験を少しずつ蓄積しています。

 

―展覧会タイトル「アウト・オブ・ダウト」について聞かせてください。

ルーベン:このタイトルは、今回の企画について話し合いを重ねて、出てきたものです。タイトルは企画をきちんと表現する一方で、観客に対して一瞬でメッセージを伝えられるものでなくてはなりません。またある意味、観客が展覧会で体験するであろうものを表現しつつ、個々の作品をつなぐものが何かを考えるヒントになって欲しいのです。

 


ルーベン・キーハン(クイーンズランド・アートギャラリー│ブリスベン近代美術館 キュレーター)

 

「アウト・オブ・ダウト」は、実は複雑な意味を持っています。シンプルに聞こえますが、文脈によって様々な解釈をすることができる言葉です。例えば、「get out of doubt」では、不可解で不確かな状況から脱出すること、つまり「ダウト(疑念)」から生み出される未来のようなポジティブな意味を持ちます。反対に、ネガティブな意味で使われている「ダウト」としては、「run out of doubt」のように、これ以上疑念を抱きたくないという、疲弊感を表したりすることもあるのです。

ネガティブとポジティブの二面を持った「ダウト」の概念は、アートの中だけに限らず、とりわけ3.11以降の日本における社会的な課題や、"ソーシャル・センシビリティ(社会的感受性)"など、現代日本に存在する様々な問題に現れています。東日本大震災とその後の復旧、さらに長期的に続く復興を通して、日本社会に多くの「ダウト」が生み出されましたが、一方で、これらの「ダウト」は多くのものを生み出す原動力にもなっています。過去の例でいえば、1995年の阪神淡路大震災の後、多くのすばらしい自発的なコミュニティベースの活動が見られましたが、3.11以降も、東日本大震災や日本社会が抱える多くの問題に対する一種の反動ともみえる動きが生まれており、その気運が今回の展示作品にも強く映し出されていると思います。

ガブリエル:今回の企画を練る上で、確かに東日本大震災などの問題を意識していましたが、実際に東北地方や石巻市に赴いて、現地の人々と会ったり、テレビを通して見ていた現場を実際に目の当たりにするまでは、そこまで意識をしていなかったかもしれません。自分の目で確認するまで、事の重大さをきちんと把握することはできないのだということを実感しました。現地への視察は、私自身に強烈なインパクトを残しましたが、同時にアートという文脈の中でそれらの現象をどのように語ることができるのか、はっきりと見えてきたような気がします。

 


ガブリエル・リッター(ダラス美術館 アシスタント・キュレーター)

 

片岡:震災以降に限らず、日本の社会には社会のあり方に対する自覚や意識がすごく高まっていると思っています。経済的、政治的な日本の立ち位置の気薄さ、弱さなど、グローバル化の中での日本の位置づけに対する疑念や懐疑も、震災前からすでに起こっていて、それに対してどういう態度を取るべきなのかは、私自身にとっても課題でした。

そのことに震災後の問題、未解決の福島の問題も重ねつつ、それをどのように美術の文脈の中で語れるかを考えたときに、戦後の日本の経済発展の裏側に何があったのか、アジア諸地域との関係は一体どうであったのかなど、日本のここ数十年の社会の中であまり語られてこなかったことを少しずつ紐解いていく必要があるのではと考えています。

それから、古来継承されている自然観についても、もう一度立ち戻る必要があるのではないでしょうか。これらは、ある種日本人の意識の中に潜在的に共有されています。
このように、いくつかの視点、課題を織り交ぜた、複雑な一本の線では語れない日本社会の状況を、展覧会を通してあぶり出せればいいと思っています。

「ダウト(疑念)」という言葉は、ポジティブに捉えられるとすれば、物事の真理や本質、つまり見えてない部分を暴き出すことです。物事の真実を明らかにしていくことは、現代アートの重要な作業のうちのひとつですので、それは日本や今日といった空間や時間に限定されず言えることではないでしょうか。

 


3人の鼎談は2時間にわたって行われました。

 

―今回の展覧会には、どのようなアーティストが何名紹介されるのでしょうか。

片岡:約30人のアーティストを紹介する予定です。70年代から80年代生まれが中心なのですが、その世代のアーティストから見て、いまも非常に刺激的であると思われる、世代の異なるアーティストも入っています。日本を拠点にしている作家が中心ですが、海外で活動している日本人、もしくは日系アーティストも積極的に取り入れ、日本の概念に複雑さと奥行きを持たせようと考えています。

 

―それぞれ今回の展覧会で挑戦したいこと、意気込みを教えてください。

ガブリエル:私自身にとって一番の課題は、既成概念で形作られた "日本の現代アート"に疑問を投げかけることです。また、国境や世代を超えて物事を捉えること、さらに、3.11後の日本社会という文脈の中で、今の日本のアートの中で起きている現象を捉えることも、非常に難しいですが、やりがいのあることだと思っていますし、とても楽しみにしています。特に、これらの問題についてきちんと表現するプラットフォームがまだ存在していないので。

ダラスでは、この問題については遠い世界の出来事として見なされ、あまり重要視されていません。アーティストや2人のキュレーターと一緒にこの企画に携わる中で、とても重要な問題に取り組んでいる感覚がありますし、ある意味私たちが始動させているのだと感じています。

ルーベン:私にとってのチャレンジは、会場全体を通して一貫性のある展示を作り出すことです。展覧会に来た人が、個々の作品をそれぞれ理解するのではなく、会場を自由に動き回りながら、ひとつの流れの中に身をおくような体験をして欲しい。ただ一方で、結論はひとつではなく、それぞれの人によって様々な受け止め方ができる展示にもしたい。作品を観る人に、目の前の作品だけでなく、アーティスト自身の経歴や過去の作品、アーティスト同士の関わり合いなどを理解してもらえるような工夫、そして展覧会場での体験を人々のそれぞれの日常に結び付けて考えられる展示にしたいと思っています。とても面白くやりがいのある企画です。

片岡:私は「六本木クロッシング」をキュレーションするのが今回で2回目なので、1回目に開催した2004年からこの10年で何が変わったのかという部分を見せたいと思います。この10年で社会も、アートシーンも変わりましたし、自分自身の経験も変わっていますから、それをどう見せていくか。

 


森美術館「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望2004」
2004年2月7日(土)~4月11日(日)
http://www.mori.art.museum/contents/roppongix/index.html

 

例えば、この展覧会を70年代から80年代生まれの、30代前後のアーティストを中心に企画した理由は、2004年に私が「六本木クロッシング」を企画したときに中心的だった世代が60年代生まれで、彼らもちょうどその当時30代だったからです。30代後半から40代の時期って、アーティストのスタイルが確立され、方向性が見えてくる時期なんですよね。
だからその世代が、何を考えているのかにすごく興味があります。

また、以前よりも確実に社会に対する意識や自覚が高まっているという気はしているので、そのあたりを文脈化したい。ガブリエルが言っているように、海外に対して日本の現代アートのオルタナティブを示していきたいし、文脈化していくことによって、今、日本のアートがなぜここにあるのかということを説明することが重要だと思っています。

さらに、あえて外からの視点を入れていくことによって、多様な視点を持たせたい。日本の問題は、もしかしたらアフリカやラテン・アメリカ、あるいはアジアの他の地域の問題にも共通しているかもしれないといった考え方もできるのではないでしょうか。今、アジアの他の地域が日本とは違うタイミングで近代化のプロセスをたどっていますが、何を見て何を共有できるのかを含め、どこを切り取ってもそこから色々な課題が見えてきます。だから、時間や地域を越えて、何をどう考えられるかという議論を、少しでも日本という場で生み出せるような、そんなプラットフォームに美術館がなれればと思っています。

ひとつの美術館が10年経って、その次の10年を考えるときに、自分たちの文化とは何か、美術館とは何か、アートとは何か、という根源的な疑問を常に問い続けなくてはなりません。ですから、ある意味この「アウト・オブ・ダウト」というタイトルは、アートの姿勢、それから、美術館の姿勢をもう一度再認識・再検討するという意味でもある。それは大きなチャレンジですが、だからこそすごくエキサイティングだと思っています。

 


3人のキュレーションにご期待ください

 

―それでは最後に、今回の「六本木クロッシング」を海外で展示する予定はありますか。

片岡:そうですね、今のところは海外巡回の予定はありませんが、「六本木クロッシング」を見たいという要望はあるので、海外の美術館でも展示できるように、がんばりましょう!

 

撮影:御厨慎一郎
 

<関連リンク>

森美術館10周年記念展
「六本木クロッシング2013展:アウト・オブ・ダウト―来たるべき風景のために」

2013年9月21日(土)-2014年1月13日(月)

「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望2004」
2004年2月7日(土)-4月11日(日)

「六本木クロッシング2007:未来への脈動」
2007年10月13日(土)-2008年1月14日(月・祝)

「六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?」
2010年3月20日(土)-7月4日(日)

混迷の時代にこそ真価が問われる「アートにできること」 ~インタビュー:2010年の日本、「芸術は可能か?」(1)

世代やジャンルの「枠組を越える表現」が集った2007年 ~インタビュー:クロッシングを振り返って(1)

カテゴリー:01.MAMオピニオン
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