2014年9月12日(金)

能動的に世界を見ることの楽しさ
トークシリーズ 第3回「子どもとアート」レポート

2014年8月15日に開催した「ゴー・ビトゥイーンズ展」トークシリーズの最後を飾る第3回では、「子どもとアート」と題して、1987年の開館以来、目黒区美術館で展覧会と教育普及の第一線で活躍し続けている学芸員の降旗千賀子さんから、これまでの活動についてお話を伺いました。


降旗千賀子さん(目黒区美術館学芸員)  撮影:御厨慎一郎

1970年代終わりから区立美術館が次々とオープンすると、より地域に根ざした美術館の役割として、美術館と市民とを結ぶ活動が模索されるようになりました。現在のように美術館の教育普及活動が一般的ではなかった当時から、降旗さんは独自のポリシーをもっています。それは展覧会とワークショップ(制作などを伴う活動)・鑑賞などの教育活動を同一の視点で捉え、同時に展開させること。展示、制作、鑑賞などのあらゆる活動を、参加者と場や情報を共有する手段として有機的につなぎ、美術館を「共に考える場」と捉えています。


目黒区美術館「ジョージ・ネルソン展:建築家・ライター・デザイナー・教育者」展(2014年9月18日(木)まで)
撮影:岡川純子

またワークショップでは、大人と子どもの両方に対して同じ姿勢で接しています。つまり、「子ども扱い」はしない。現在開催中の「ジョージ・ネルソン展:建築家・ライター・デザイナー・教育者」の関連企画では、大人と子どものそれぞれのグループが、同じテーマで制作を行うワークショップを開催しました。大人と子どもが一緒に活動するプログラムもよく行っています。日々の生活において、子どもが接する大人といえば自分の親や学校の先生。年代や家族、学校という枠を超えて大人と話す機会は案外少ないのが現代の子どもたちの環境です。一方で大人の側も、子どもの真剣な意見や柔軟な発想から意外な発見を得ることができます。


大人と子どもに分かれて同じテーマを扱うワークショップ  撮影:岡川純子


大人と子どもが一緒に行うワークショップ  撮影:岡川純子

さらに目黒区美術館の建物の特徴として、教育活動を行うワークショップ・ルームが入口近くの一番目立つところにあるという点が挙げられます。ガラス張りの壁から入る自然光がリラックスした空間を生み、美術館の外から中をのぞくことができます。色々な材料を使ったり、音を出したりする制作用の部屋は、展示室から離れた場所に設置されるのが主流である中、ここでは人々の活動も「展示」の一部として位置づけられています。見る場所(展示室)と作る場所(ワークショップ)を分離せず、通常見えないところをあえて可視化し、外に向かって開いているのです。


自然光の入る開放的なワークショップ・ルーム  撮影:岡川純子

美術館でのアート体験は、子どもたちにどのような影響を与えるのでしょうか。目黒のワークショップの常連になった子どもたちは、中学・高校ではめったに姿を見せることがなくなるのですが、大学生以降になってからひょっこり顔を出すことがあるのだそうです。そしてワークショップの企画の手伝いをしてくれることも。こうした仲間を降旗さんたちは愛情を込めて「シャケ(鮭)たち」と呼んでいるそうです。成長して、生まれた川に戻ってくるというわけですね。彼らは「アートが何か」などということを実感したわけではないけれど、使っていない感覚を発揮させた新鮮な体験が身体のどこかに残っていて、大人になってから改めて美術館に惹かれたのでしょう。それこそがアートの効用ではないでしょうか。


ワークショップに参加した少年が…社会人になって帰ってきた!  撮影:岡川純子

展示とワークショップ、大人と子どもといった境界を超える活動をしかける降旗さんは、常に「能動的に視る」ことを促します。それによって今まで気づかなかった何かが目の前に見えてくる。その驚き、発見こそがアートの醍醐味であり、その現場が美術館なのです。このような現場をつくるためには「企画する自分たちが面白いと思えないとだめ」と語る降旗さんの言葉は、とても大事な一言だと感じました。「子どもが楽しめるように」という発想ではなく、自分が面白いと思うものをどのように他者と共有するのか。アートに携わるプロの本質がそこにあるのではないでしょうか。


トーク会場の様子  撮影:御厨慎一郎


本展キュレーター、荒木夏実  撮影:御厨慎一郎


熱心にメモをとる参加者  撮影:御厨慎一郎

学芸部門と教育部門が完全に分離している多くの欧米の美術館では発想しにくい、展示と教育が有機的につながったクリエイティブな活動を、ていねいに続けてきた降旗さんの仕事。そのユニークな視点は、美術館での教育活動が認知された現在の日本において、改めて注目すべきものではないかと考えます。さまざまな境界を超えて、能動的な視点をもつことは、私たちに生きる力と自由を与えてくれるはずです。

文:荒木夏実(森美術館キュレーター)
 

<関連リンク>

「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」
会期:2014年5月31日(土)-8月31日(日)

「MAMプロジェクト021:メルヴィン・モティ」
会期:2014年5月31日(土)-8月31日(日)

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カテゴリー:03.活動レポート
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