ソピアップ・ピッチはカンボジアの現代アーティストとして最もよく知られるひとりである。1984年に家族とともに米国に移住。1995年マサチューセッツ大学アマースト校で学士号、1999年シカゴ美術館付属美術大学で絵画の修士号を取得した後、2002年カンボジアに帰国。2003年には芸術家グループ「Saklapel」を立ち上げ、カンボジアの首都プノンペンで展覧会「ビジュアル・アート・オープン」を開催して好評を博したほか、オルタナティブ・アートスペース「サラ・アートスペース」（2006-2007）を創設した。2012年にドクメンタ（カッセル）に参加、2013年にはニューヨークのメトロポリタン美術館で個展を行う。以降もベネチア・ビエンナーレをはじめとする数々の展覧会・芸術祭に、世界各国で参加している。

ピッチはカンボジアに帰国後、竹、ラタン（籐）、黄麻布、蜜蝋、土絵具といったローカルな素材を用いて、身体器官や植物の形状、幾何学的構造に着想を得た彫刻作品を中心とする制作を始めた。ラタンや竹は主に現地で採取され、伝統的な編み方が用いられる。彼の作 品の根底には、1970年代後半、カンボジアがクメール・ルージュに支配されていた時代の大量虐殺についての個人的な経験があるが、作家自身は次のように語る。「私の彫刻作品は安易に分類されたり期待されたりすることに抵抗します。むしろ私にとって作品は、無から何かを生み出すゆっくりとした手仕事の時間、自然素材と交わる方法についてのものです」（*）。ピッチの作品群は時間や記憶、信仰の気配を想起させると同時に、基本的な共通項としての身体性に根差してもいる。また彼の作品は西洋のポスト・ミニマリズムと親和性のある抽象的なコンポジションとしても読み解くことができる。《ラージ・シード》のように生物に似た構造体の繊細さと視覚的なパワーは、本能的・感情的な力と洗練された手仕事とが結びついた、前人未到の造形への足がかりを示唆している。

* 作家ウェブサイトより（英文和訳）。 https://sopheap-pich.com/about/（2023年2月15日閲覧）