展覧会

MAMコレクション015:仙境へようこそ―やなぎみわ、小谷元彦、ユ・スンホ、名和晃平

2022.6.29(水)~ 11.6(日)


ユ・スンホ

《多多》
《多多》
2005-2006年
インク、紙
244×164 cm
《多多》
《多多》
2005-2006年
インク、紙
244×164 cm

《多多》

本作では、勇壮な山水画が、非常に小さな「多」という漢字によって描かれています。「多」には多数性や無限性という意味もありますが、ダダという発音によって近現代美術の前衛活動であるダダイズムや、赤ちゃんの発する言葉になる前の言葉をも想起させます。崇高で古典的という作品の第一印象は、近づいて見ることで、漢字の持つ意味、音や落書きのようなスタイルによって変化し、驚きとユーモアを感じさせるでしょう。

ユ・スンホ

1974年、大韓民国忠清南道舒川(ソチョン)郡生まれ、ソウル在住。
ユ・スンホは、1990年代後半から活動を開始し、2000年代からは国際的に展示を行ってきました。インクを使って描かれた作品は一見すると山水画のようですが、近づいて見るとその景色は小さな文字の集積であることが分かり、驚きを与えます。ユの作品は「テキスト・ペインティング」として「書くこと」と「描くこと」の関係性に焦点を当てており、その作品は言葉であると同時にイメージでもあるのです。それらの小さな文字や言葉の多くは、それ自体では意味をなさない擬態語や擬音語であるが故に、却って何らかの様態や動作を推測させ、聴覚にも訴えかけることで観客の想像力を喚起します。また、インクの濃淡を用いて書かれた文字の反復は、スプレーを用いて自分の名前や記号を様々なところに記していくグラフィティや、同じ動作の反復を強いる修行をも想起させます。そこには、崇高で美しい伝統的な山水画をグラフィティや落書きと交配させ、ユーモアを付け加えることで、現代的なものとして蘇らせる目論見があるようです。
主な個展に「echowords」(ミヅマアートギャラリー、東京、2007年)、「ミス・ラメラ」(CRコレクティブ、ソウル、2019年)など。主な展覧会に「秘すれば花―東アジアの現代美術」(森美術館、東京、2005年)、第5回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(クイーンズランド州立美術館、ブリスベン、オーストラリア、2006年)、「控えめなモニュメント:韓国の現代美術」(キングス・リン・アート・センター、イギリス、2008年)、「風景の作り方」(チョンジュ現代美術館、韓国、2020年)など。ソクナム美術賞(韓国、2003年)を受賞。


名和晃平

《PixCell-Kannon#7》
《PixCell-Kannon#7》
2010年
ミクスト・メディア
100×55×55 cm
《PixCell-Kannon#7》
《PixCell-Kannon#7》
2010年
ミクスト・メディア
100×55×55 cm

《PixCell-Kannon#7》

インターネットを介して収集された観音像が、透明の球体(セル)で覆われることで、コンピュータのモニター上にピクセルで映し出されるイメージの質感が物質として付け加えられています。本作はPixel(画素)とCell(細胞)を合わせた造語からきた「PixCell」シリーズのひとつです。仏教の信仰対象である観音像ですが、仮想空間で購入された商品でもあるという意味で、本作は浄土と俗世を繋ぐ存在だといえるでしょう。

名和晃平

1975年、大阪府生まれ、京都府および東京都在住。
名和晃平は、2000年代から、彫刻、インスタレーション、建築、写真など様々なメディアで発表を行い、京都で創作のためのプラットフォームSandwich Inc.を主宰しながら国際的な活動を展開しています。また、コンテンポラリー・ダンスなど他ジャンルのクリエイターとのコラボレーションも数多く行っています。
名和は、セル(細胞・粒)という概念を通じて、細胞や生物における感覚のインターフェイスである皮膚と彫刻の表皮を同次元で捉え、彫刻の定義を柔軟に解釈することで表現の幅を広げてきました。2000年代初頭には、インターネットを介して収集したオブジェクトを透明の球体で覆った「PixCell」シリーズを発表します。以降、重力に沿ってキャンバス上を顔料が滴ることで描かれた絵画「Direction」、シリコーンオイルが天井から多数の糸状になって常時落下することで重力の様態を見せる「Force」、液体の表面に気泡を発生させる「Biomatrix」、泡そのものが巨大なボリュームに成長する「Foam」、3Dモデリングシステムを用いた彫刻「Trans」など、様々な作品群を発表してきました。またアートパビリオン《洸庭》を設計し、ベルギー・フランス人の振付家・ダンサーのダミアン・ジャレとの協働によるパフォーマンス作品三部作《VESSEL》、《Mist》、《Planet (wanderer)》を発表しています。
主な個展に「名和晃平―シンセシス」(東京都現代美術館、2011年)、「名和晃平―SCULPTURE GARDEN」(鹿児島県霧島アートの森、2013年)、また2018年にはフランス・ルーヴル美術館ピラミッド内にて彫刻作品《Throne》を特別展示。主なグループ展に、あいちトリエンナーレ2013、Reborn-Art Festival 2017(宮城県)など。主な受賞歴に、咲くやこの花賞(2004年)、第14回アジアン・アート・ビエンナーレ・バングラデシュ 2010 最優秀賞、京都市芸術新人賞(2012年)、京都府文化賞功労賞(2018年)など。


小谷元彦

《ホロウ:全ての人の脳内を駆け抜けるもの》
《ホロウ:全ての人の脳内を駆け抜けるもの》
2010年
FRP、ウレタンほか
240×80×430 cm
《ホロウ:全ての人の脳内を駆け抜けるもの》
《ホロウ:全ての人の脳内を駆け抜けるもの》
2010年
FRP、ウレタンほか
240×80×430 cm

《ホロウ:全ての人の脳内を駆け抜けるもの》

「ホロウ」は、垂直の重力から半分解放され、心身が放出する目には見えない気配を浮力として纏った空気の襞として存在する彫刻シリーズです。軽くて白いFRPがレースのようになったフォルムは、様々な方向からの重力を受け、光と影の対比によって浮かび上がることで光陰の二重性や浮遊感を提示します。この白く魅力的なユニコーンと少女は、この世の重力やルールから自由で、亡霊のようにあの世から戻って来る存在でもあるのです。

小谷元彦

1972年、京都府生まれ、東京都在住。
小谷元彦は1990年代後半より活動を開始し、古典的な木彫、髪の毛や毛皮など様々な素材を用いた彫刻、CG・3D・機械を使用した彫刻、写真、映像、インスタレーションまで多様な表現を用いて、国際的に活躍しています。京都市内で生まれ育ち、寺社仏閣の幽玄な建築空間や仏像、そして特撮などにも慣れ親しんできた小谷にとって作品を制作することは、独自の発展を遂げた「日本の彫刻」について多角的に考察することでもあります。また小谷は、突然失われた手足がまだ存在しているように感じる現象の「ファントム・リム(幻影痛)」が重要なテーマであり、「ものの物質性を『かたち』として表現する彫刻は、同時に『かたち』の向こうにある『空洞』や『裏側』を捉えようとする試みでもある」と語ります。それ故に小谷が、2017年の心筋梗塞によって自身の心臓半分が壊死する体験から得た「失われた身体と残された身体」という主題も含めて、存在と非存在、覚醒と催眠、人間と非―人間といった中間領域を探求することは、「ファントム・リム」、そして彫刻を探求することと同義なのだといえます。
主な個展に、「ファントム・リム」(P-House代官山、東京、1997年)、「幽体の知覚展」(森美術館ほか3館巡回、2010-2011年)、「時の墓標」(フォトグラフィスカ、ストックホルム、2013年)、「身体の深さ」(アルベルツ・ベンダ、ニューヨーク、2016年)、「Tulpa - Here is me」(ANOMALY、東京、2019年)など。第50回ベネチア・ビエンナーレ(2003年)日本館代表。主な受賞歴に、サンドレット・レ・レバウデンゴ財団現代美術館グアレネ・アルテ 99プロジェクト賞(1999年)、平櫛田中賞(2011年)、芸術選奨文部科学大臣新人賞(2012年)など。


やなぎみわ

《The Three Fates》
《The Three Fates》
2008年
デジタルプリント
147×105 cm(各、2点組)
《The Three Fates》
《The Three Fates》
2008年
デジタルプリント
147×105 cm(各、2点組)

《The Three Fates》

本作は、ギリシアの三女神モイライが主題となっています。モイライは、人間の「運命の糸」を紬から紡ぐクロートーと、それを人に割り当てるラケシス、この割り当てられた糸を切るアトロポスから成ります。本作では、寿命を司るこの美しい女神達自身さえも「老い」から逃れられないこと、同時に女神である彼女たちは「若返ることができる」ことを示唆しており、人の「若さ」や「老い」というものも、精神的なレベルでは絶対的ではないことを暗示しているようです。

やなぎみわ

1967年、兵庫県生まれ、京都府在住。
やなぎみわは、1990年代より活動を開始し、写真、インスタレーション、パフォーマンス、演劇、機械を用いた自動演劇作品など多様な表現手法で国際的に活躍しています。「エレベーター・ガール」(1994-1998年)、「マイ・グランドマザーズ」(2000年-)、「フェアリーテール」(2004-2006年)などの写真シリーズでは、社会における女性の立場やジェンダーついて批評的な考察を促してきました。2011年からは日本の近代史を主題とした演劇を制作し始め、大正時代の新興芸術運動を描いた「1924」の三部作「Tokyo-Berlin」「海戦」「人間機械」(2011-2012年)、明治後期のパノラマ館を舞台にした「パノラマ」(2012年)、第二次世界大戦中の米軍放送を主題とした「ゼロ・アワー 東京ローズ最後のテープ」(2013年)を、国内各所、さらにはアメリカ、カナダでも公演しました。2014年にはトレーラーを劇場にした「日輪の翼」(原作=中上健次)の野外公演を開催し、2015年からは「ステージトレーラープロジェクト」で日本各地を巡回しています。2016年からは神話を主題にした写真シリーズ「女神と男神が桃の木の下で別れる」を制作し、2019年には機械による自動演劇作品を発表。2021年には、胡蝶蘭を主題に、台湾オペラと呼ばれる歌仔戯の劇団とのコラボ作品「阿婆蘭(アポーラン)」を台湾で発表しました。
主な個展に、「MIWA YANAGI」(ドイツ・グッゲンハイム・ベルリン、2004年)、「やなぎみわ マイ・グランドマザーズ」(東京都写真美術館、2009年)、「やなぎみわ 婆々娘々!(ポーポーニャンニャン)」(国立国際美術館、大阪、2009年)、「やなぎみわ展 神話機械」(高松市美術館ほか4館巡回、2019-2020年)など。第53回べネチア・ビエンナーレ(2009年)日本館代表。主な受賞歴に、VOCA賞(1999年)、咲くやこの花賞(2000年)、兵庫県文化奨励賞(2004年)、タカシマヤ文化基金(2006年)、第30回京都美術文化賞(2018年)、神戸市文化賞(2019年)など。

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