2016年8月30日(火)

宇宙科学が発達する以前の世界観とは?
「宇宙と芸術展」トークセッション「知と宇宙観をめぐる旅」レポート

2016年7月30日、「宇宙と芸術展」(~2017年1月9日まで)関連イベントとして、トークセッション「知と宇宙観をめぐる旅」を開催しました。


会場の様子

このトークセッションでは、レオナルド・ダ・ヴィンチのアトランティコ手稿を所蔵するアンブロジアーナ図書館・絵画館のアルベルト・ロッカ氏と、科学の貴重な初版本を所蔵し研究する金沢工業大学ライブラリーセンターの竺覚暁氏を迎え、宇宙科学が発達する以前の世界観について語っていただきました。

まずロッカ氏は、アトランティコ手稿の来歴とその中に見られるダ・ヴィンチの天体に関する記述について説明がありました。イタリアのルネサンス期を代表する芸術家であり、数学、物理、自然科学、建築、機械工学など様々な分野で才能を発揮したダ・ヴィンチは、その思考過程や研究成果、デッサンなどを数多く書き残しています。そのうち地図用(アトラス)を思わせる大判の紙を使用して後年まとめられた手稿がアトランティコ手稿と呼ばれ、これらは1607年に設立されたアンブロジアーナ図書館・絵画館に寄贈された後、現在まで大切に保管されてきたそうです。以前は12巻の本に綴じられていたものを、公開と修復保存の観点から2008年に解体、1枚ずつの額装とし、それぞれ展示することが可能になったとのことです。全部で1,119枚あるうちの2枚が本展に展示されます(前期と後期に各一枚を展示)。


アルベルト・ロッカ氏

ロッカ氏は、アトランティコ手稿の天文に関わる記述から、彼の自然科学に対する態度が見えると言います。非摘出子として生まれたダ・ヴィンチは、実は正規の教育を受けることができませんでした。また、当時の書物は高価であり、専門書はラテン語で書かれていたため、青年期のダ・ヴィンチには文学的・科学的な書物を読む機会が多くはありませんでした。そのため、彼は自然の法則を読み解く際には、既成の知識ではなく、経験と観察によるアプローチを専ら好んで用いていたといいます。

また、ダ・ヴィンチは若い時から宇宙に魅せられていて、アトランティコ手稿の中にみえる天文学に対する記述は、対象の観察から生まれた「応用光学の一分野」と呼ぶにふさわしく、実は天文学のシステム自体を解説する記述は少ないのだそうです。また、宇宙を論じるような哲学的考察は見られないとロッカ氏は解説します。

ところで、ダ・ヴィンチと同時代の天文学者にニコラウス・コペルニクスがいます。彼は当時信じられていた、そしてキリスト教会が支持していた天動説に対して、地動説を唱えた人物として知られます。ロッカ氏によれば、ダ・ヴィンチは天動説を信じていましたが、アトランティコ手稿からは月や太陽への綿密な観察によって「天体は精密な巡行法則に従って動いている」と考えていたことが分かるとのこと。これは地動説につながる概念であり、自然法則の仕組みから世界を見ていたダ・ヴィンチらしい考えであるとロッカ氏はいいます。当時、地動説はコペルニクスが発表してから100年以上も浸透することはありませんでした。コペルニクスとダ・ヴィンチには面識がなかったことが分かっていますが、「もし二人に交流があったらどうだったでしょう」というロッカ氏の問いかけに、ダ・ヴィンチは地動説に何とコメントしただろうと私の想像も膨らみました。

次に「宇宙観の変遷」と題して、竺氏が古代からルネサンス期までのさまざまな宇宙観を概観し説明されました。竺氏によれば、宇宙とは人間にとって最大の謎で予測不可能な存在であるため、昔から人々は神話的、宗教的説明をそれに対して与えてきたといいます。例えば、英国のストーンヘンジ、シュメール王朝時代の星座、バビロニアの星表などからは、人々が天体の運行に関心を持ち、そのメカニズムを占星術や暦として利用していたことが分かります。また、古代エジプトの壁画に描かれた世界の図や、古代ギリシャの哲学者タレス等が考えた宇宙の形などからは、全体が見えない宇宙にどうにかして合理的説明を与えようとした人々の態度が読み取れます。他にも哲学者ピタゴラス、レオキッポス、プラトンなど、古代の人々が考えた様々な宇宙モデルや理論が紹介されました。その後、中世を通じて16世紀まで信じられてきたのがアリストテレス=プトレマイオス宇宙観と呼ばれるものです。これは、ヨーロッパ社会の中心であったキリスト教会が信じる宇宙観であり、その考えに異を唱えることは、ひいてはキリスト教会への反逆と見なされたことが、この説が長く盲信された理由であると解説されました。


竺 覚暁氏

お二人の話をふまえて、南條を加えた3名でルネサンス期の天文学について更に話は続きました。

中世からルネサンス期にかけて、天文学の中心は実はキリスト教会が担っていたことを改めて竺氏が説明されました。しかし、アリストテレス自然学―つまり天動説には天体の運行の説明に無理のあることが分かるようになります。それでも例えば地動説を唱えたコペルニクスはカトリック司祭であったように、『星界の報告』を記し、結果的に地動説が正しいことを証明したガリレオ・ガリレイは敬虔なカトリック教徒だったように、知の中枢は依然教会にあったとのこと。王室や教会付きの天文学者は国家の占星術師でもあったという話は、興味深いものだと感じました。

一方、ルネサンス期は活版印刷によって知識の流通がなされたことから、科学と宗教との対立が始まった時期でもあるそうです。ルネサンス期にダ・ヴィンチが様々な分野に才能を発揮していたように、当時は科学、美術、哲学、宗教学、天文学など分野を定義することに、はっきりした区別はなかったといいます。ロッカ氏は、現在は技術の発達や学問の専門化が極端になることによって、研究が排他的な傾向を持ち、それぞれの分野が分断されすぎているのではないかと危惧します。例えば今回の展示資料のように中世ルネサンス期の望遠鏡にはすばらしい彫刻がなされており、美と科学技術が混交していたのでは、と観客に問いかけました。また、万有引力の法則を発見したニュートンの本業は錬金術師で、余技ともいえる研究から世界を変える法則を発見したという例をあげられました。さまざまな知が交錯したところに新しい智恵と広い視野が生まれていたのではないか、現在の科学技術一辺倒には想像力や美が足りないのではないか、というロッカ氏の疑問を呈する発言は示唆に富むものでした。

このロッカ氏の意見をうけて、本展覧会のおもしろさは、時代や地域も関係なく、またアート作品とアートではないものが混在する包括的な展覧会として過去から未来を捉えることだ、という3人の意見に会場の皆さんは賛同してくださったようでした。宇宙を考える時のように、ものごとは複眼的かつ包括的な視野をもって捉えることが必要でしょう。宇宙とアートと歴史と科学が複合した今回のトークセッションは、まさにこの展覧会ならではの企画であったと感じました。


左から、竺 覚暁氏、アルベルト・ロッカ氏、南條史生

文:田篭美保(森美術館シニア・コーディネーター)
撮影:御厨慎一郎
 

<関連リンク>

宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ
会期:2016年7月30日(土)-2017年1月9日(月)

カテゴリー:03.活動レポート
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