2016年6月10日(金)

常識を疑い、議論することの大切さを問う
トークセッション「未来の家族-科学と生命の可能性-」レポート

2016年5月14日、「六本木クロッシング2016展」関連イベントとして、トークセッション「未来の家族-科学と生命の可能性-」を開催しました。

長谷川愛さんのプロジェクト《(不)可能な子供》は、将来、iPS細胞を用いて同性カップルの間に誕生するかもしれない「実子」をテーマにしています。この作品を手掛かりに、科学と生命、未来の家族の形について議論しました。


長谷川 愛 《(不)可能な子供》 2015年
展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館、2016年


長谷川 愛 《(不)可能な子供:10歳の誕生日》
2015年
デジタルプリント 90 × 135 cm

ロンドンで暮らしていた長谷川さんは、イギリスではすでに一般的だった卵子凍結が日本で認められるのに時間がかかったこと、そのガイドラインを作成した倫理委員会に女性がほとんど入っていないことに違和感を抱いたと言います。生命や生殖にかかわる事項が「当事者」抜きに進んでいく状況に対して、もっと多くの人に議論の場が開かれるべきだと思ったことが、今回のプロジェクトの発想へとつながりました。


長谷川愛さん(アーティスト)

トークセッションの登壇者は、プロジェクトの協力者である牧村朝子さん、京都大学iPS細胞研究所(ノーベル賞受賞者山中伸也教授が所長を務める)の上廣倫理部門に所属し、iPS細胞の知識をメディアや一般の人に伝える活動を行っている八代嘉美さん、マサチューセッツ工科大学メディアラボのゼミで長谷川さんの指導に当たるアーティストのスプツニ子!さん、ドラァグクイーンで作品制作や批評活動を行うヴィヴィアン佐藤さんという充実した顔ぶれです。
「この作品のために唾液を出しました」とあいさつした牧村朝子さんは、フランス人女性とフランスで同性婚をしています。彼女とパートナーの唾液から得た遺伝子情報を元に、長谷川さんはこのカップルから生まれるかもしれない娘2人のデータを分析し、CGでその姿を表現しました。展覧会場には親子4人の団らん風景の写真が展示されています。牧村さんは企画を聞いてから写真作品ができあがるまでの約7ヵ月間、まるで妊娠したかのような、子を待つ親の気持ちを感じたそうです。


牧村朝子さん(タレント、文筆家)

「パンドラの箱を開けた」と作品を評するスプツニ子!さん。男と女が恋に落ちて、その二人の間に子どもが生まれるという、古今東西の文学や芸術の根幹にある物語を覆す意味で、このプロジェクトは衝撃的。そしてこれは、テクノロジーの問題だけではない、人間の気持ちを扱う作品だと述べます。


スプツ二子!さん(アーティスト、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教)


八代嘉美さん(京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門 特定准教授)

同性カップルから実子が生まれることは「理論上は」可能だろうと述べる八代さん。しかし生命倫理の世界においては、例えば細胞分裂のどの時点からを「人間の生命」と捉えるかというような事柄についても、宗教的、哲学的影響や解釈の違いがあり、国や州によってバイオテクノロジーの開発に関する法律も異なるという実情を紹介しました。
ヴィヴィアンさんは、すでに実用化されている出世前診断の話題に触れました。想像上の話ではなく、実際に進行している生命操作のインパクトがいかに大きいか、さらに障害をもって生まれてくる子どもたちに対して社会はどのように受け皿を作るのか。これは目の前にある切実な問題です。八代さんも、倫理的観点から科学にブレーキをかけることにのみ目を向けるのではなく、多様な人々が幸せに暮らすことのできる場所作りを社会が怠ってはいけないと述べます。


ヴィヴィアン佐藤さん(美術家、文筆家、非建築家、映画批評家、ドラァグクイーン、プロモーター)

さらに観客席から、長谷川さん作品のインタビュービデオに登場している和田幹彦さん(法政大学法学部教授)による貴重な発言がありました。法学者として同性婚や同性間の実子について研究されている和田さんは、議論することの重要性を強調します。「なんとなくだめ」というマジョリティーに共有される生理的違和感や直感的嫌悪感を基準にすると、声を上げることを強いられるのは常にマイノリティーという不平等が続いてしまう。それは法の下にすべての人の平等を保障する憲法に反する。マイノリティーの当事者グループと政治や法を整備する専門家、さらに一般市民とをつなぐチャンネルと徹底的な議論の場が日本の社会に欠けているという問題を指摘します。50年、100年先のことについても議論を重ね、実施の際に専門家と市民のある程度の結論が出ていることが理想と述べました。
牧村朝子さんは『百合のリアル』(2013)『同性愛は「病気」なの?』(2016)(共に講談社)などの著書やテレビ出演、講演などを通して、自身の体験を交えながらセクシャルマイノリティーに関する知識をわかりやすく解説する活動を続けています。チャンネルを作る、議論の場を増やすという和田さんの提案を実践している牧村さんの行動は、社会にとって大切なことです。


モデレーターの荒木夏実(森美術館キュレーター)

科学、生命倫理、LGBT、家族、法律、そして議論の大切さ。語り尽くせないほどの多様な話題が出てきた今回のトークセッション。「なんとなく」受容されている「常識」を疑い、より多様な視点から世界をみつめ、聞こえなかった声を拾うことは、現代美術においても重要な課題であり、今回の「六本木クロッシング2016展:僕の身体からだ、あなたの声」に参加するアーティストたちが試みていることです。キュレーターも、そして美術館という組織も、多様な人々をつなぎ、共に議論する場所を提供するチャレンジを続けるべきだという思いを新たにしました。


会場の様子


左から、スプツ二子!さん、牧村朝子さん、荒木、長谷川愛さん、八代嘉美さん、ヴィヴィアン佐藤さん。

文:荒木夏実(森美術館キュレーター)
撮影:永禮 賢(展示風景)、御厨慎一郎(イベント)

※本プログラムは「東京アートウィーク2016」の一環として開催しました。
 

<関連リンク>

六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声
会期:2016年3月26日(土)-7月10日(日)

関連展示「MAMスクリーン003:交差する視点―海外アーティストたちが見た日本の風景」
会期:2016年3月26日(土)-7月10日(日)

アーティスト×キュレーターによるセッション
「六本木クロッシング2016展」クロストークDay 1をレポート
~毛利悠子、さわひらき、西原尚、ナイル・ケティング、ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ、ジュン・ヤン

アーティスト×キュレーターによるセッション
「六本木クロッシング2016展」クロストークDay 2をレポート
~藤井光、佐々瞬、高山明、ミヤギフトシ、百瀬文、志村信裕、山城大督

アーティストは戦争とどう向き合ってきたのか?
~日本とドイツの場合
「六本木クロッシング2016展」トークレポート

カテゴリー:03.活動レポート
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