2012年1月27日(金)

現代の若手建築家が受け継ぐ、建築家の態度・模索する姿「メタボリズムのDNA:建築家の役割編」

かつてメタボリズムにかかわった建築家たちは、急激な人口増加や都市の膨張という当時の社会が抱える問題に対し、高度経済成長を背景として、近代的な都市づくりや国土計画にまでその思考を広げていった。それは建築という枠組みを超え日本の未来像を描く役割の一端を担っていたと言えるだろう。

そして現在、停滞傾向にあるといえる日本社会の中で、日本の現代建築の若い世代は、いかなる役割を果たすことが可能なのだろうか。その問いに対する答えは3.11以降切実さを増したように思える。「メタボリズムのDNA:社会システム編」に引き続き建築評論家の五十嵐太郎氏をモデレーターに迎え、若手建築家の藤本壮介氏と藤村龍至氏に語っていただいた。


モデレーター 五十嵐太郎さん
シンポジウム第4回「メタボリズムのDNA:建築家の役割編」風景
撮影:御厨慎一郎

はたして現在の若手建築家はメタボリズムのDNAをどのように引き継いでいるのか、またはいないのだろうか。

藤本壮介氏によれば、海外では自身の作品がメタボリズムと関係があるように見えると言われるとのこと。例えば代表作の一つである「東京アパートメント」には槇文彦氏の群造形の影響を指摘されるという。しかし藤本氏自身は、メガストラクチャーに象徴されるようなメタボリズム的巨大構造物よりも、小さなものが集合し相互関係をむすびつつ複雑な群れをなすヒューマンスケール的構造への関心が高く、メタボリズムとのつながりに対しては無自覚だという。2011年にコンペで一位となったセルビア市ウォーターフロントの計画案は、「人の動きによる無数の導線が道と場所を決めていく」という彼独自の建築原理のもとに生まれた。彼が作品を語る際に出てくる「不確実性、曖昧さ、有機的、緩やかな秩序」などの表現は、大規模な都市計画というよりは、人間的要素を大事にした彼の建築にまさにふさわしい。


藤本壮介さん
撮影:御厨慎一郎

一方、藤村龍至氏は、自身の処女作である「Building K」の構造が、実はメタボリストたちが専ら使った建築手法の「ハイブリッド」であることをあえて指摘してくれた。しかしメタボリスト達との一番の類似点は、造形的な部分ではなく、自身が持つ設計プロセス論に生命のメタファーで建築を語った彼等と同じような新しい手法や思想があること自体であるという。


藤村龍至さん
撮影:御厨慎一郎

二人の話は自身の最近の活動から、海外と日本の建築家の思想の違い、震災後の建築家のありかたなどに及んだが、その中で興味深かったのは田中角栄に話題が及んだ部分であった。建築家でもあった田中角栄は、1960年代に広がった都市と農村の格差を埋めるため、交通インフラを利用して全国を工業化し発展させるという列島改造論を提唱した。これは、当時丹下健三らが拘わった「東海道メガロポリス」なども含め、政治家と建築家が緊張関係を保ちつつも共に国土計画を構想していた例であり、メタボリスト達にとっては建築と都市計画には、政治や経済との「対話」が当然であった。藤村氏は、この建築家の積極的な態度こそがメタボリズムから自分たちが受け継ぐべきものであると指摘されていた。また、社会状況も変化した今日では問題解決の意思決定が複雑になっていることから、その解決のプラットフォームを「設計」していく建築家のありかたを模索すべきなのではないかという。


左:藤本壮介さん 右:藤村龍至さん
シンポジウム第4回「メタボリズムのDNA:建築家の役割編」風景
撮影:御厨慎一郎

近年日本の若手建築家達は世界でも活躍がめざましく、その日本的思考や方法論の独自性が注目されている。しかし、その活躍する姿だけでなく、彼らが問題意識をもって現代社会にふさわしい建築家の役割を模索することに懸命である姿にこそ、注目しつつ声援を送りたいと思う。

文・田篭美保(森美術館学芸部 レジストラー/コーディネーター)
 

<関連リンク>

・シンポジウム第1回「メタボリストが語るメタボリズム」
第1回 1960年前後、日本建築会の風景
第2回 そして迎えた1960年
第3回 それは廃墟のイメージから始まった
第4回 「世界デザイン会議」とメタボリズム
第5回 メタボリズムと時代精神
第6回 今、メタボリズムを考えることの意義
第7回 丹下健三とメタボリズム

「メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」
会期:2011年9月17日(土)~2012年1月15日(日)

展示風景「メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」

カテゴリー:03.活動レポート
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