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「カタストロフと美術のちから展」国際シンポジウム「カタストロフの時代の美術:アーティストと文化施設の取り組み」開催レポート

2019.3.13(水)

2018年12月15日、東京・六本木のアカデミーヒルズで「カタストロフの時代の美術:アーティストと文化施設の取り組み」と題した国際シンポジウムが開催された。森美術館で開催中の展覧会「カタストロフと美術のちから展」の関連プログラムとして出展アーティストが登壇したほか、国内の美術館職員や、オックスフォード大学の研究員らが登壇。惨事における美術の可能性や文化施設の役割について意見を交わした。

開会に先立ち、南條史生森美術館館長が挨拶。本展開催にあたっては、展覧会に先行して開催された全5回のプレ・ディスカッション・シリーズを始め、美術館の内部でも相当な議論が重ねられたこと、世界中に問題が山積する時代において、特定の惨事ではなくより普遍的にカタストロフとアートの関係を探るという、テーマで展覧会を構成するに至ったことなど、開催までの経緯が述べられた。

基調講演を行ったのは、オックスフォード大学ラスキン・スクール・オブ・アート所長のアンソニー・ガードナー。「時間とカタストロフ」と題し、過去の惨事(ただし惨事の影響は現在まで続いている)が世界にもたらした変容を、アーティストや美術史家がどのように扱ってきたかを考察した。

アンソニー・ガードナー氏
アンソニー・ガードナー氏

ガードナーは、主として1986年に起きたチェルノブイリ原発事故を例に挙げ、特に英語圏において美術関係者の多くが事故について沈黙を守ってきたと指摘。美術史家らによる著作において、チェルノブイリ原発事故に関する記述は皆無であるか、記述があっても、事故が発生した1日限りの出来事のように記されているという。他方で、チェルノブイリ原発事故を扱ったアーティストからは、荒廃した学校や娯楽施設を哀切や苦痛に満ちたイメージで写した「廃墟ポルノ」的作品が生まれ、これは東京電力福島第一原発事故後の福島を捉えた写真にも通じていると述べた。

これらの事例を踏まえ、ガードナーは、惨事を有形化することの困難さを指摘。惨事と、惨事が社会・文化・環境に与える影響とを一括りにして語ることそれ自体が惨事であるとして、安易に惨事に形を与え消化することに疑問を呈した。そのうえで「目に見えない」惨事を具現化した一例として、ローレンス・アブ=ハムダンの《Saydnaya(The Missing 19db)》を紹介。サイドナヤ(Saydnaya)は、人間屠畜場とまで言われるシリアの軍事刑務所。暗闇で奪われた視覚の代わりに研ぎ澄まされた収監者の聴覚に注目し、ギャラリー空間で再構築した本作をガードナーは「沈黙の創造」と評価。アーティストが惨事を知覚するだけでなく、それを具現化する手法の重要性を説いた。

続くパネルⅠ「アートの力とは?」には、本展出展アーティストらが登壇。ニューデリー在住のシェバ・チャッチは、カタストロフは政治的、社会的、環境的といった複数の要因から生じており、芸術家はそうした水面下の要因を精緻に探るべきだと提言。自身もインドの女性運動を記録する中で、ドキュメンタリー写真の手法に限界を感じ、被写体と協働で物語を作り上げる手法に転換したという。何百万ものイメージが生成、消費される時代において、アーティストがいかに介入し、広く声を届けられるかが重要であると述べた。

 
シェバ・チャッチ氏
シェバ・チャッチ氏

レンゾ・マルテンスとセダール・タマサラは自身が関わるコンゴ・プランテーション労働者美術同盟(CATPC)の活動を紹介。農園労働者が作った彫刻を元にチョコレートの彫像を制作・販売し、その収益を農園に還元する仕組みを創出したCATPC。収益を元に、現在はプランテーションの敷地内にOMA設計による「ホワイトキューブ」という展示施設を建設中だと言う。タマサラは、工場で働く全員が芸術家であり労働者であること、自分たちが生み出した富によって先進諸国は自国に芸術空間を創出してきたが、自分たちには何も還元されなかったこと、CATPCはそうした不均衡を是正する仕組みであることを説明。「ホワイトキューブ」が完成したあかつきには、自分たちの作品や植民地時代に先進諸国に流出した作品を取り戻して展示する予定だという。

レンゾ・マルテンス氏(左)とセダール・タマサラ氏(右)
レンゾ・マルテンス氏(左)とセダール・タマサラ氏(右)

兵庫県出身で現在はロンドンを拠点に活動する米田知子は、「歴史と記憶」をテーマに制作してきた自作を紹介。本展出展作の「震災から10年」は、阪神・淡路大震災当時ロンドンにいた米田が、震災が見えにくくなり、震災を語りあぐねている状況を見つめ直そうと被災地をめぐって制作したシリーズ。当初は被災者でない自分が被災地をめぐることに不安もあったが、家々の間にぽっかりと空いた空間など違和感のある場所が点在しており、写真に何かを語らせようとせずとも、静寂が訴えかけてきたという。そうした体験を踏まえ米田は、他者の苦痛を知るのに本当にセンセーショナルな写真が必要なのか、見えないものを見る力こそが重要ではないかと会場に問いかけた。

米田知子氏
米田知子氏

パネルⅡ「文化施設の役割~東日本大震災を考える」では、東日本大震災以降の、国内の文化施設・組織の取り組みから、惨事における美術や文化施設の役割が検討された。

東京国立近代美術館企画課長の蔵屋美香は「地震のあとで:厄災とコレクション」と題し、美術館の柱のひとつであるコレクションに焦点を当てた。震災後1週間の休館を余儀なくされるなど、当事者のひとりとして震災に直面したことで、東日本大震災に関する作品の収蔵を思い立ったという蔵屋。新たに震災に関する作品が加わったことで、所蔵する約13,000点のコレクションに含まれていた関東大震災、阪神・淡路大震災、9.11などを題材とした作品の見え方も大きく変わったという。また、これらの作品を使った特集展示を行う中で、関東大震災後の芸術・社会の動きと東日本大震災後のそれとが酷似していることに気づき、恐怖感さえ覚えたと告白。当事者ではないからと臆することなく、アーティストが惨事を表象し、美術館が作品を収蔵したからこそ気づき得ることがあるとして、中・長期的な視点で惨事とその表象をめぐる問題について考えることの可能性に言及した。

蔵屋美香氏
蔵屋美香氏

水戸芸術館現代美術センター主任学芸員の竹久侑は、2012年に開催した展覧会「3.11とアーティスト:進行形の記録」を紹介した。震度6弱の揺れに見舞われながら、震災6ヶ月後に本展を立案した竹久。東北に比べて水戸は復興が早く、当事者でありながら比較的冷静でいられたこと、同時代性や企画の実験性が担保されたクンストハレ形式の美術館であるといった理由から企画に結びついたという。その時々の状況に応じて活動を行ってきたアーティストの話を聞き、震災後の状況と作家の活動がリンクするタイムラインを会場に設置。記録集も後から追加可能なバインダー型にして、災害時における文化芸術活動を記録した。竹久は震災後、美術館が自然発生的に臨時の避難所となったことにも触れ、美術を楽しむ場としてだけでなく、人々が集う地域コミュニティの場としての美術館の役割にこれまで以上に目を向けるようになったと述べた。

竹久 侑氏
竹久 侑氏

宮城県塩竈市を拠点にアーティストネットワーキング活動とオルタナティブスペースを運営するビルド・フルーガス代表の高田彩は、塩竈での震災直後から現在までの活動を紹介。震災時は高田自身も避難所生活を余儀なくされたが、震災以前からの活動を通じて築いたつながりが震災時にも機能したという。震災後は、アートで被災地を支援しようと訪れた団体や個人の支援内容を確認しながら受け入れ先をコーディネートしたほか、物資支援、子どもや保育士のストレス解消プログラム、避難所や仮設住宅の環境改善など、被災地の状況の変化に応じて活動を展開。2013年以降は創造的活動に注力し、そのひとつであるジョルジュ・ルースによる《アートプロジェクトin宮城》では、あえて完成図を明かさずに参加者と共同制作を行った。ゴールを定めず手を動かし続けた先に美しい作品が浮かび上がった経験は、参加者に確かな希望や自信を与えたのではないかと振り返った。

高田 彩氏
高田 彩氏

これらの発表を受けて、ディスカッサントを務めたオックスフォード大学のエミリア・テラティーノは、エコロジーの観点から、植物で覆われた空き地などを写した米田の写真に注目。これに対し米田は自然の再生に被災地の復興の希望を重ねていると回答。観客に先入観を抱かせないニュートラルな写真であるために、日本人として平均的な身長である自分の目線の高さで写真を撮ることを意識していると付け加えた。同じくディスカッサントで同大学のジェイソン・ウェイトは、美術館の収蔵作品が被災した際、その痕跡を修復するのは歴史的に正しいかと質問。これに対し蔵屋は、被災の痕跡を残すにしても、痕跡を永遠に残すための処理を施す必要があると述べたうえで、オブジェを永遠に保存するという美術館のあり方そのものを捉え直し、崩壊も容認するミュージアムという形式も考えられるかもしれないと回答。カタストロフの時代だからこそ考えられる美術や文化施設の新たな形が検討された。

(左手前から)アンソニー・ガードナー氏、ジェイソン・ウェイト氏、セダール・タマサラ氏、米田知子氏、エミリア・テラティーノ氏、レンゾ・マルテンス氏、(左奥から)モデレーターを務めた近藤健一、シェバ・チャッチ氏、高田彩氏、竹久侑氏、蔵屋美香氏

(文中敬称略)

文:木村奈緒(フリーランス)
撮影:鰐部春雄

展覧会開催前、5回にわたりプレ・ディスカッション・シリーズを開催しました。
その開催レポートはこちらからご覧ください。

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