2012年9月13日(木)

世界最大の現代アートの祭典DOCUMENTA 13速報
存在感を出していたのは身体的な感覚に訴えかける作品

 2012年6月9日、ドイツのカッセルで5年に1回開催される現代アートの国際展ドクメンタ13がスタートした。今年は、アジアでもシドニー・ビエンナーレ(*1)、光州ビエンナーレ(*2)、釜山ビエンナーレ(*3)、台北ビエンナーレ(*4)などが開催される年でもある。本プログラムでは、オープニングに訪れた女子美術大学教授の南嶌宏氏、あいちトリエンナーレ2013のキュレーターの住友文彦氏、光州ビエンナーレ2013共同アーティスティック・ディレクターで弊館チーフ・キュレーターの片岡真実が集まり、世界最大規模の国際展が私たちに提言していることについて語り合った。


アージェントトーク013 会場風景


Museum Fridericianum, 2012,Museum Fridericianum, 2012,
Photo: Nils Klinger © dOCUMENTA (13)


キャロライン・クリストフ=バカルギエフ
Photo: Eduardo Knapp

 ヤン・フート、カトリーヌ・ダビッド、オクウィ・エンベゾー、ロゲール・ビュリゲルなどに続き13回目のディレクターをつとめるのはキャロライン・クリストフ=バカルギエフ。彼女がディレクションしたシドニー・ビエンナーレ2006が高い評価を得たこともあり、開催前から多くのアート関係者たちも期待していた。バカルギエフはドクメンタ13をディレクションするにあたり、世界中で起きていることを網羅するために10数人におよぶエージェントが作家を推薦するシステムをとった。エージェントのひとりで光州ビエンナーレ2012共同ディレクターのキム・ソンジョン氏は3年半前にはエージェントとして指名され、事前に会場候補となるカッセルの街を視察した上でバカルギエフが掲げたテーマを早い段階で共有しつつ作家を推薦したという。キム氏が推薦した作家のなかには日本からの唯一の参加となった大竹伸朗も含まれている。


エージェントのキム・ソンジョン dOCUMENTA (13) Agent
Photo: Song Y Seo


Shinro Ohtake MON CHERI: A Self-Portrait as a Scrapped Shed 2012
Karlsaue park


南嶌宏氏(中央)

 ドクメンタ13の概要について触れられたあと、出演者それぞれが印象に残った作品を現地で撮影した写真とともに紹介した。南嶌氏はサーニャ・イヴェコヴィッチやウィリー・ドハーティなどを取り上げながら、社会的、歴史的背景から人間の抑制された記憶、失われた記憶が視覚化された作品について言及した。3人ともに挙げたのは、ジェローム・ベルのディレクションによる知的がい者のパフォーマンスは、ノーマルとはいったい何か、その概念を揺さぶられる衝撃的な作品であったと語った。住友氏は精神的なトラウマを背景に潜めた映像作品も多かったと言及しつつ、シアターゲイツ、宋冬、ワリッド・ラード、アリギエロ・ボエッティなどの作品を取り上げて、多文化主義的な現代社会のなかで、制度にみる政治性、ノーマルな状態を規定する合理主義や当たり前だと思うことへの疑問の投げかけは、展覧会全体を通して共通するメッセージだと感じることができたと述べた。片岡は、コルビニアン・アイグナー、タレック・アトウィ、セブデト・エレク、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーなどを取り上げて、アート以外の観点で今の世界をどのように見るかという問いに対し、科学、人類学、あるいは身体的な感覚などの多様な窓口から見ようとする視点があると語った。


印象に残った作品についてトークをする住友文彦氏(右)

 南嶌氏はさらに今回のドクメンタでフェミニズム的感覚は感じるかと2人に問いかけた。その理由として、メイン会場のフリードリチアヌムで最初にでくわすライアン・ガンダーの作品を例に挙げ、自身が展覧会を企画する際には持ち合わせない感覚を今回のドクメンタ13から感じたからだと語った。あるべきものが何もない展示室に風だけが吹く空間に仕立てたガンダーの作品に対して、住友氏、片岡からは、バカルギエフが大きく客観的なストラクチャーからスタートするのではなく、彼女自身の小さなつながりから問題提起がスタートしている展覧会だと語り、ドクメンタ13へ参加することを断った作家からのバカルギエフへ送られた手紙が展示されていたり、彼女の犬好きであることも理由のひとつかと指摘しつつ犬にまつわる作品が多く見受けられたりしたことを、フェミニズム的に感じた要因ではないかと言及した。むしろライアン・ガンダーの作品やティノ・セガールの真っ暗な部屋のなかで肉声やパフォーマーの存在を感じる作品のように、視覚だけではない感覚で作品を体験できることも今回のドクメンタの鑑賞体験の醍醐味のひとつであることが3人から続けて語られた。


メイン会場にあったライアン・ガンダーの作品を鑑賞する人々


Janet Cardiff & George Bures Miller
for a thousand years 2012
Karlsaue park

 プログラム終盤は、ドクメンタ13の予算までに話題は及び、権威的だと思われる要因ともなる巨額な予算とその対価ついて言及された。近代化を牽引してきたヨーロッパでありながらユーロ経済の不安定な現状で、ヨーロッパを基点に世界を見たときの経済的な発展に対する警鐘のようなものの見方、エコロジー、ノンヒューマン、科学などの視点から社会に潜む大きな不安さえもテーマにしたヨーロッパの国際展として評価できるのではないか。貨幣での価値交換とは異なる視覚表現の可能性を改めて感じた展覧会だったと語られた。続けて、ドクメンタ13を評価する理由として、アートとは無縁の距離にあるものとの共同作業を可能にしたキュレーションの力、新たな意識を生み出してくれるような新作コミッションが多かったこと、さらには、グローバルな現代社会のなかで、一見しただけでは理解できず歴史的や政治的文脈を知ることで解釈できる現代アートも多く存在するなか、より根源的な体感をとおして、他者とのコミュニケーションをとろうとしている作品を見ることができたことなどが挙げられた。住友氏の「揺れる大地」をテーマにしたあいちトリエンナーレ2013(*5)、片岡が共同ディレクションをする光州ビエンナーレなどにも話題は及び、現代アートの国際展が果たす役割について多岐にわたって考えることができるプログラムとなった。


オランジュリー美術館の前に広がる公園で思い思いにくつろぐ人々
奥に見えるのも作品。

 ドイツの一般企業につとめる友人談として住友氏が冒頭で紹介した「現在、社会でなにが起きているかを知るためにドクメンタは毎回見に行く」のように、多くの人が現代アートの国際展を訪れることで世界が広がることを期待したい。

文:白木栄世(森美術館学芸部パブリックプログラム担当エデュケーター)

*1 第18回シドニー・ビエンナーレ(会期:2012年6月27日 - 9月16日)
*2 第9回光州ビエンナーレ(会期:2012年9月7日 - 11月11日)
*3 第6回釜山ビエンナーレ(会期:2012年9月22日 - 11月24日)
*4 第8回台北ビエンナーレ(会期:2012年9月29日 - 2013年1月13日)
*5 第2回あいちトリンナーレ(会期:2013年8月10日 - 10月27日)
 

<関連リンク>

ドクメンタ13 ウェブサイト

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