《マス》日本初公開
本作は巨大な頭蓋骨の彫刻100点で構成されており、作家はそれぞれの美術館の展示空間にあわせたインスタレーションを作り上げています。オーストラリアのメルボルンで2017年に発表されて以来、展示会場ごとに異なる形で展開された本作には常に新しい発見がありますが、森美術館での展示も同様に、ここでしか見ることのできないものとなります。鑑賞者は頭蓋骨自体の形状の複雑さを目の当たりにすると同時に、時間をかけて作品の中を歩き回る間に頭蓋骨の圧倒的な存在感について考えさせられるのです。
この頭蓋骨という主題は、「メメント・モリ」(Memento Mori、死を忘れるな)というラテン語起源の思想とともに、西洋美術史の中では繰り返し登場してきました。また、医学や解剖学、考古学なども想起させ、現代のポピュラーカルチャーでもしばしば用いられるなど、普遍的なものです。タイトルの「マス(Mass)」は、山のように積み重なったもの、大量のものや集団、キリスト教のミサなど、さまざまな意味があります。本作は頭蓋骨それぞれの色合いとディテールが異なっており、個々人の集合体であることを示唆しています。しかし、彼らが誰なのかを知る手がかりはなく、集団として私たちに迫ってくるのです。
人間の頭蓋骨は多義的な物体である。私たちがすぐにそれだと分かる、力強く鮮烈なアイコン。見慣れたものでありながら奇異でもあり、私たちは拒絶しつつも、同時に惹きつけられる。無視することはできず、無意識のうちに私たちは注意を向けてしまうのである。
ーロン・ミュエク

《マス》
2016-2017年
合成ポリマー塗料、ファイバーグラス
サイズ可変
所蔵:ヴィクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈
展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年
撮影:ナム・キヨン
画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館
《買い物中の女》日本初公開
本作では、ひとりの母親が描かれています。両手は重い買い物袋で塞がり、コートの懐には赤ん坊を抱えています。その姿は美化されることなく、疲れ果てた表情からは、日々の責任の重さで押しつぶされそうになっている彼女の日常が読み取れます。原寸よりも小さく造られ、母親の疲労感や脆さや弱さが強調されています。また、遠くを見つめる母親の視線は赤ん坊とも鑑賞者とも合うことはありません。
本作は、西洋美術史の定番である「聖母子像」の現代的な解釈かもしれません。しかし、実際は、作家がロンドン北部のスタジオ近くの交差点で信号待ちをするオレンジ色の買い物袋を持ち赤ん坊を抱えた母親の姿を目にし、駐車券の裏にスケッチしたことがきっかけで制作されました。ミュエクは大都市の日常の中にある切ない光景を表現しています。
《買い物中の女》
2013年
ミクストメディア
113×46×30 cm
所蔵:タデウス・ロパック(ロンドン・パリ・ザルツブルク・ミラノ・ソウル)
展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年
撮影:ナム・キヨン
画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館
《エンジェル》日本初公開
背中に大きな翼を持つ男性が椅子に腰かけている本作は、ミュエクの初期の代表作です。作家が脚光を浴びるきっかけとなった「センセーション:サーチ・コレクションのヤング・ブリティッシュ・アーティスト」展のニューヨーク巡回(ブルックリン美術館、1999-2000年)でも展示されました。作家は18世紀のイタリアの画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロによる《ヴィーナスと時間の寓意》(1754-1758年頃)をロンドンのナショナル・ギャラリーで目にし、本作を制作しました。原作の中でヴィーナスと共に描かれるのは「時間」を表す翼を持つ年老いた男性ですが、ミュエクはこの人物像に想を得ています。本作で表現する男性は人間の体と比較すると小さく、俯いてどこか悲しげに物思いにふけっており、一般的な天使のイメージとは異なっています。
《エンジェル》
1997年
ミクストメディア
110×87×81 cm
個人蔵
画像提供:アンソニー・ドフェイ(ロンドン)
《イン・ベッド》
巨大な中年女性がベッドに横たわっている本作は、長さ6.5メートル、幅約4メートルの大型作品です。平凡な日常のひとこまですが、彼女が手であごを支え、上方を見つめる表情は、不安や憧れ、物思いなど、さまざまな解釈を誘います。モニュメントのようでもある作品のスケール感に驚かされますが、鑑賞者は目線の高さに位置する女性の顔をまじまじと見つめ、彼女が何を考えているのか思いを巡らすことになります。また、空虚に部屋の向こうを見つめるその視界に私たちが入ることは決してありません。鑑賞者は女性と向き合うことなく作品の細部を凝視することも可能であり、人間同士の関係とは異なる作品と鑑賞者の関係性が生まれるのです。
本作は東京都現代美術館で開催された「カルティエ現代美術財団コレクション展」(2006年)で展示され、作品の画像がその展覧会のキービジュアルに使用されたこともあり、日本でも知られた作品です。
《イン・ベッド》
2005年
ミクストメディア
162×650×395 cm
所蔵:カルティエ現代美術財団
展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年
撮影:ナム・キヨン
画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館
《マスクⅡ》
本作は、眠りに落ちた作家自身の顔を約4倍の大きさで表現した作品です。作品は台座に載せられており、顔が弛んで見え、わずかに開いた口から息が漏れる音が聞こえてきそうです。しかし、作品の背面は空洞で、この男性が存在しているのか、そうでないのか、という問いを投げかけます。同様に、本当の仮面であれば顔は弛むはずはなく、この顔は人間なのか仮面なのかという疑問も生じます。本作はミュエクの作品の特徴である現実と非現実の絶妙なバランスを見せる、典型的な作品といえるでしょう。タイトルは、本作が文字通りマスク(仮面)である、という事実を単に示しているのか。あるいは、自身の顔立ちの特徴をリアルに捉えた実像のようでありながら、所詮、作家が作り上げた虚構の自己像に過ぎないということを暗に示しているのかもしれません。
《マスクⅡ》
2002年
ミクストメディア
77×118×85 cm
個人蔵(ロンドン)
展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年
撮影:ナム・キヨン
画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館


