森美術館コーディネーターが語る「ロン・ミュエク」展の舞台裏
2026.9.15(火)
開催中の「ロン・ミュエク」展について、森美術館シニア・コーディネーターが、展覧会制作の舞台裏をお届けします。
美術館における「コーディネーター」という仕事の役割や、100個の巨大な頭蓋骨の彫刻からなる作品《マス》の緻密な展示レイアウトの秘密、そして知られざる安全対策のエピソードなど、現場ならではのリアルな裏話をぜひお楽しみください。
展覧会を支える「コーディネーター」の仕事
森美術館にはコーディネーターという職種があることをご存じでしょうか。
展覧会を作るにあたり、キュレーターは展覧会企画のコンセプトを考え、作家や作品の選定を行うことを重点的に担当しますが、それに対しコーディネーターは、企画された展覧会を具現化していくためのさまざまな実務的業務を担います。私たちはお互いの専門性を両輪として、そこに展示デザインやラーニングのチームが加わり協働することでひとつの展覧会を作り上げています。
撮影:森美術館
撮影:森美術館
コーディネーターの展覧会制作における業務を具体的にあげると、全体のスケジュール策定や予算管理、作家や他美術館との交渉や契約書締結などの借用に関わる手続き、美術品専門の輸送会社や設営業者の手配、制作や展示作業の管理、設営撤収の細かい段取り、作家やテクニシャン(専門の設営スタッフ)の渡航手配や滞在中のケア、大きなことから小さなことまで、ありとあらゆる調整(コーディネーション)を行っています。展覧会全体の進行状況を把握する必要があるため、各部署との連携のハブとなることも期待されています。はい、大忙しです。
今回の展覧会は、カルティエ現代美術財団がパリで2023年に最初に開催した展覧会の巡回展であるため、カルティエ側との連携や、森美術館の一つ前に巡回している韓国の美術館との折衝などもコーディネーターが担いました。
《マス》ができるまで:緻密な設営と入念な準備
さて、このような業務の中から、今回展覧会のハイライトともいえる作品《マス》の設営の裏側を少しだけご紹介しましょう。この作品の概要はこちらでご紹介している通りですが、ここから先は“裏”のお話なので、展示を体験されてからお読みになることをお勧めします。
所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈
展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年
撮影:長谷川健太
所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈
展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年
撮影:長谷川健太
《マス》の展示室に入ると、巨人がばら撒いたのかと見紛うように、部屋中に100個もの大きな頭蓋骨が散乱しているのに出くわします。無造作に並べたようにも見えますが、実は作家により綿密に計算された配置なのです。この展覧会はパリ、ミラノ、ソウル、そして東京の森美術館へと巡回してきましたが、各館の展示室の形状や広さはまちまちです。そのため作家はその空間にふさわしい作品の見せ方を模索し、全く違うインスタレーションを創り出します。
例えば韓国の国立現代美術館ソウル館では、天井高が10メートル以上もあるため、頭蓋骨の一部は展示室の壁に堆く整然と並ぶように設置され、それはまるで欧州の古い教会にあるカタコンベを彷彿とさせました。森美術館では300平方メートルの長方形の部屋に、観客が頭蓋骨の森の中を回遊するよう設計されています。複雑な形状の骸骨をあらゆる面から観察できるよう、向きや角度、重なり方まで細かく決められ、それによりドラマチックな光景が創り出されています。
撮影:古屋和臣
撮影:古屋和臣
そのため、作家は開幕半年以上も前から森美術館の平面図と作品模型を使って配置の詳細を検討しました。ミュエクの作品と同様にインスタレーションを検討する態度にも彼の緻密さが表れているようです。作家がプランを練る一方で、森美術館側は、頭蓋骨の作品が入った100個のクレート(一つずつ木箱に入っています)をどう輸送、搬入したらよいか、どのような作業員が何名必要か? 予算は? 安全に作品を積み重ねる方法はあるのか? 必要な什器は? 限られた日程で効率的に作業を進めるには? 等々のシミュレーションを行い、あらゆる段取りを詰めていきます。よく「段取り八分」といいますが、大型の展覧会では「九分」必要でしょうか。
撮影・編集:古屋和臣
日本での展示を支える安全対策
なかでも、地震に対して展示作品の安全性をどう担保するのかという点は、地震多発国で展示をする私たちの常なる課題です。特に今回のような大型作品は展示室内の観客の皆さんの安全にも関わります。そのため地震の経験がない海外のテクニシャンと何度も話し合い、私たちの安全性への構えを十分に理解してもらうことに腐心しました。
そして、ちょうど設営期間中、《マス》の一番高所にある頭蓋骨の設置が済んだばかりの4月20日、東京で震度3の地震が発生しました。森タワーでは、最上階に居る私たちの場所でも制振構造のために揺れが半減することはわかっていますが、「地震です、地震です」というあの緊急地震のアナウンスが突然流れた時は、テクニシャンも私たちも頭蓋骨を仰ぎ見て、多少青ざめました。
しかしながら、心配には及ばず、すべての頭蓋骨はびくともしませんでした。実は、一見して分かりませんが、それぞれ固有の演示具(展示を固定するために用いる支持具)を用いて床面や壁面に固定したり、それぞれを紐で縛ったり、または楔を打ったり、中に重しを入れて安定させたりといった安全策をとっています。今回の突然の地震発生は、私たちの対策が十全だったことを計らずも証明することになりました。「九分」で準備したことにより更なる対策も打つことができます。そんな安心安全に気を配ることも私たちの大事な仕事です。ですので、どうぞ安心してお越しください。
撮影:古屋和臣
撮影:古屋和臣
文:田篭美保(森美術館シニア・コーディネーター/「ロン・ミュエク」展 プロジェクト・マネージャー)
本レポートは、森美術館MAMC個人メンバーシップ会員限定のニュースレター「MAMCメンバーズ・エクスプレス」にて配信したものを一部編集して掲載しています。メンバーになると、1年間何度でも森美術館に入館できるほか、さまざまな特典をご用意しています。メンバーになって、いっしょにアートを楽しみませんか。
メンバ―シップの詳細はこちら:https://www.mori.art.museum/jp/mamc/individual/about/
