本展のみどころ
1. 多様なメディアによる新作
本展では、多くのアーティストが新作を発表します。A.A.Murakamiによる、AIが記述したオペレーティングシステムによって機能する、シャボン玉を用いた大型の新作インスタレーション《水中の月》のほか、廣直高の新作絵画と彫刻作品、和田礼治郎の彫刻、マヤ・ワタナベの映像など、多様なメディアによる作品が揃います。
《無題(周波数)》
2025年
キャンバス、染料、オイルパステル、ロープ、ハトメ
261.6×213.4 cm
Courtesy: MISAKO & ROSEN, Tokyo
撮影:KEI OKANO
《無題(接地)》
2025年
キャンバス、染料、オイルパステル、ロープ、ハトメ
261.6×213.4 cm
Courtesy: MISAKO & ROSEN, Tokyo
撮影:KEI OKANO
2. 体験型、参加型の鑑賞体験
木原共によるAIゲーム作品のプレイ体験に加え、宮田明日鹿が会期中に実施する「出張手芸部」への参加など、本展会場ではさまざまな体験が可能です。アメフラシはワークショップを通して、草鞋づくりなどの伝統産業継承プロジェクトを紹介し、北澤潤は、ろうけつ染めのワークショップを行います。また、ズガ・コーサクとクリ・エイトによる作品が、展覧会最終日に解体される際には、鑑賞者は作品のパーツを持ち帰ることができます。
3. 「日本」を再考する―グローバルなアートシーンのなかでの「日本」
日本のアートがいまや国籍や地理的な境界に限定されないことを本展は明示します。ケリー・アカシはブロンズやガラスを用いた彫刻作品を通して、身体や記憶、刹那と永遠性といったテーマを詩的に表現し、キャリー・ヤマオカは歴史的記憶とその消失、また風景を巡る一連の作品を創り出すためにアナログ写真の手法を用います。ともに日系アメリカ人であるアカシとヤマオカの作品には、国境や世代を越えて共鳴する日本的な抒情性を見出すことができます。シュシ・スライマンはマレーシア人アーティストでありながら、長年にわたり尾道で土地の歴史やコミュニティに根差した活動を続けています。多様な視点による記憶、移動、越境といったテーマが見て取れるこれらの作品は、日本の社会と文化を様々な形で物語ります。
本展を紐解く4つの鍵
本展のテーマ「時間」を読み解く4つの観点から、多様な作品同士の繋がりを理解することができます。
さまざまな時間のスケール
最初の展示室では、さまざまな個人的な経験と普遍的な事柄の関係性を探求する作品を紹介しています。ケリー・アカシの、日系アメリカ人強制収容所に収容された家族の記憶を題材にした作品は、個人的な体験が語り継がれ、長い時間の流れに組み込まれることで、普遍的な意味を持つことを示しています。また、庄司朝美と廣直高は、全ての人にとって経験の土台となっている身体に制約を課すことで、その存在について再考を促す絵画表現を生み出しています。沖潤子による繊細な刺繍作品は、手仕事や布に宿る家族の記憶を辿りながら、個人と社会、過去と現在を結び直します。また、桑田卓郎は、古来受け継がれてきた日本の陶芸の技術を大胆に引用しながら新たな表現の可能性を模索しています。これらのアーティストは、限られた一人の人生の時間を、日常、身体、歴史といったスケールの異なる時間と結びつけているのです。
《モニュメント(再生)》
2024-2025年
バーナーワークで制作されたホウケイ酸ガラス、コールテン鋼
66×43.2×43.2 cm
Courtesy: Lisson Gallery
撮影:Dawn Blackman
※参考図版
《モニュメント(再生)》
2024-2025年
バーナーワークで制作されたホウケイ酸ガラス、コールテン鋼
66×43.2×43.2 cm
Courtesy: Lisson Gallery
撮影:Dawn Blackman
※参考図版
《甘い生活》
2022年
綿、亜麻、絹
55.0×35.5×9.8 cm
個人蔵
Courtesy: KOSAKU KANECHIKA, Tokyo
撮影:木奥惠三
《無題》
2016年
磁土、釉薬、顔料、鋼鉄、金、ラッカー
288×135×130 cm
※参考図版
時間を感じる
続いて、時計で測られる一律な時間ではなく、多様な時間の存在を感じさせる作品を紹介します。A.A.Murakamiによる大型インスタレーションは、霧や光といった流動的な要素を用い、観客を物理的にも心理的にも包み込む体験を生み出します。そこでは、時間がゆっくりと拡張され、「今ここ」に深く没入する感覚が得られます。段ボールや水彩絵具という素材を使って六本木駅の出入口を再現するズガ・コーサクとクリ・エイトは、恒久的な保存を前提としない制作プロセスによって、消えゆく時間の本質を表現します。ガーダー・アイダ・アイナーソンは、クローズド・キャプション(会話や効果音などの音声情報を文字で表示する字幕の一種)を絵画として描くことで音声を静止させ、感情やイメージを画面に凝縮します。特定の場所に集う人々の声や環境音を用いた細井美裕のサウンド・インスタレーションでは、日常に潜む多様な時間の流れを浮かび上がらせます。和田礼治郎のブランデーを用いた立体作品では、「永遠と刹那」「無限と有限」といった時間概念を探求しています。荒木悠は、鑑賞者の知覚を減速させる映像作品によって、言語、音、記憶について思考する時間を生み出します。時間とは均一ではなく、多様に感じられるものだということを示します。
ともにある時間
歴史的な時間がいかに現在において持続するか、また、相互理解が協働プロセスをとおしていかに生まれるかを示す作品を紹介します。日本軍がジャワ侵攻で使用した戦闘機「隼」を、その後インドネシア軍が独立戦争で再利用したという事実に着想を得て、隼をインドネシアの凧職人の手で蘇らせる北澤潤のプロジェクトは、両国をつなぐ戦争の痕跡を、そこに関わる人々の記憶や手仕事を通してダイナミックに描き出します。宮田明日鹿は、多様な人々が編み物や刺繍を実践しながら人生経験、記憶、技能を共有するコミュニティを形成し、「アクティブ・アーカイブ」として機能させています。また、アメフラシは、草鞋や箒づくりなどの、地域の歴史や文化を保存し、新たな意味を付与する取り組みを、時間をかけて行っています。ひがれおは、主に女性によって生産された土産物である琉球人形を通して、沖縄の複雑な歴史や文化がどのように受け継がれてきたかを省察します。Multiple Spiritsは、ZINEの出版などを通して、フェミニズムの視点から歴史の新たな解釈を促します。金仁淑の実践は、特定のコミュニティとの長期的な関係構築を重視し、異文化を真に理解するためには継続的な関与が欠かせないことを明らかにしています。
《フラジャイル・ギフト:隼の凧》
2024年
竹、藤、印刷された布、紐
210×3,870×1,090 cm
展示風景: ARTJOG 2024、ジョグジャ国立美術館(インドネシア、ジョグジャカルタ)
撮影:Aditya Putra Nurfaizi
《フラジャイル・ギフト:隼の凧》
2024年
竹、藤、印刷された布、紐
210×3,870×1,090 cm
展示風景: ARTJOG 2024、ジョグジャ国立美術館(インドネシア、ジョグジャカルタ)
撮影:Aditya Putra Nurfaizi
生命のリズム
ここでは、世界のあらゆる存在が独自の生命のリズムを刻むことで「時間」が流れていることを表現した作品を紹介しています。これらの作品は、時間が複数のリズムで現在を形作ること、そして、人間の時間的経験の不可逆性を提示します。マレーシアのムアールと日本の広島県尾道市を10年以上行き来しているシュシ・スライマンは、尾道の廃屋の屋根瓦を用いたインスタレーションを制作し、瓦を媒介として、尾道の過去と現在、かつての居住者と作家自身を結びます。キャリー・ヤマオカの写真作品は、刑務所や拘留施設の所在地をアルファベット順に並べ、強制移住と監禁の景観を地図化します。マヤ・ワタナベは、融解する永久凍土に現れたマンモスの死骸を映像作品で映し出し、人類史を超える時間的スケールの存在を暗示しています。木原共は、AIを用いた人生のシミュレーションを通じて、人生の選択の不可逆性を示しています。
展示風景:「ニューランドスカップ シュシ・スライマン展」尾道市立美術館(広島)2023年
撮影:高橋健治
展示風景:「ニューランドスカップ シュシ・スライマン展」尾道市立美術館(広島)2023年
撮影:高橋健治

