MAM Digital

MAMデジタルは、森美術館がウェブサイトやソーシャルメディアなどデジタルメディアを通して展開するプログラムです。

スクリーニング|Screenings

森美術館では、「MAMスクリーン」や上映イベントなどで数々のすぐれた映像作品を取り上げてきました。森美術館のコレクションにも映像作品が多く含まれています。「MAMデジタル」のスクリーニングでは、過去の「MAMスクリーン」上映作品や森美術館のコレクションから作品をセレクトして順次紹介していきます。解説や作家のコメントなどもあわせてお楽しみください。

バナー画像:
展示風景:「MAMスクリーン005:丹羽良徳 映像集」森美術館(東京)2017年


「MAMスクリーン005:丹羽良徳」アンコール上映

公開期間: 2020年10月1日(木)~2021年1月3日(日)

「MAMスクリーン」アンコール上映の第6弾では、丹羽良徳(1982年、愛知県生まれ)の映像作品を上映します。丹羽は様々な国の公共空間を舞台に、一見すると無意味で不条理な行為や企てを試みることで社会や歴史へ介入し、交渉の過程で生じる他者からの反応や予想外の展開、交渉の失敗などを含め、その出来事の一部始終をビデオに収めた作品を発表しています。
森美術館の所蔵作品である「共産主義をめぐる四部作」シリーズ:《ルーマニアで社会主義者を胴上げする》、《モスクワのアパートメントでウラジーミル・レーニンを捜す》、《日本共産党にカール・マルクスを掲げるように提案する》、《日本共産党でカール・マルクスの誕生日会をする》を、2017年の「MAMスクリーン005:丹羽良徳」では、展示のために新たに編集した特別版として上映しました。作品のタイトルに示された作家の試みが生み出す「ナンセンス」なアクションや笑いをとおして、世の中のさまざまな価値観や意味を再考することになるでしょう。

アーティスト&キュレーターからのコメント

今からおよそ15年前、大学を卒業したばかりの僕は非正規雇用の肉体労働者だった。それは資本主義とその従属者になることへのささやかな抵抗のつもりだった。給料の大部分は都内に借りた粗雑な賃貸アパートの賃料に消え、支払いを怠っては電気・水道・ガス・携帯電話のすべてが止められる。生活は明らかに困窮していたが、それゆえに精神的解放感が得られるのではないかと勘違いしていた。自分ひとりでは何もできないくせに、9.11以降の世界が激変するのではないかと心配していた頃だ。

その頃、偶然テレビの深夜放送でルーマニア革命のドキュメンタリーを見たことをきっかけに、東欧各国の共産党政府が崩壊した東欧革命に取り憑かれた。それは強迫観念とも言える強烈なもので、自分はルーマニアに行く宿命であると思うに至った。僕はその革命現場に居合わせたわけでもなく、ルーマニア国民でもなく、資本主義陣営と共産主義陣営が争った冷戦すらリアルタイムで経験していない。それでもなお心揺さぶられたのは、いま考えてみれば、1982年に日本で生まれ、小学校に通う頃には冷戦が終わりかけていた、むしろその「経験」の欠落を補完しようとする強いオブセッションであった―世の中は陸続きに繋がっており単一世界であるはずなのに、イデオロギーや時代によって分断されているのはおかしいのではないか。冷戦が終結したこの時代から、それも共産主義を経験していない世代の、完全な部外者はどのような役割を果たすことができるだろうか? どのように過去を共有することができるだろうか? 取り留めもない疑問が次々に浮かび、それが後に「共産主義をめぐる四部作」となる制作のモチベーションとなっていた。

そしていま、僕は1時間もあれば旧共産圏の街に行くことができる、冷戦時代に東西陣営が出会う緩衝帯として機能したオーストリアの首都ウィーンに住んでいる。不思議なことに、人生初めての海外旅行で、最初に降り立ったのもこの街だった。共産主義諸国が次々に崩壊し、あらゆるものが世界規模の単一の市場に放り込まれ、資本主義の競争原理に飲み込まれた。僕らは、まだ資本主義が終わることを想像すらできていない。新型コロナウイルスの感染拡大によって、資本主義のあり方が変わるとも言われるが、新たな経済的そして政治的な覇権争いのきっかけにもなりかねないし、実際には資本主義が生み出した格差により、経済的弱者の生命が脅かされた。豊かさや自由とはどういうことなのか、民主的であるということは人類社会に何をもたらすか。今はなき共産諸国を臨むウィーンで、あらゆる価値基準が一極化する世界に抵抗するために、なにをなすべきなのだろうか。

丹羽良徳


丹羽さんの視線にはいつも、自分に最も近いものと、遠くにあるように思えるものを、同時に貫くような鋭さがあります。それは私たちが日常的に疑いなく追い求め、謳歌する豊かさや自由といったものが、一体どこからやってきて、何をもたらすのかを見過ごさない鋭さです。作品に登場する丹羽さんの行為は一見ユーモラスでナンセンスなように見えますが、過去の社会システムと、それが人々の生活の中で、どのように変化してきたかをありありと浮かび上がらせているのです。私たちは今、新型コロナウイルス感染拡大という脅威に直面していますが、それが今後、私たちの生活と、政治や社会システムに、どのような影響を与えていくのか。そして何がなされようとしていて、何が見過ごされようとしているのか。それらを観察する視線がますます必要なのだと、丹羽さんのコメントを読んで改めて感じました。

少し長さのある作品なので、森美術館での上映期間中に見終えることのできなかった方にも、家などでゆっくり見ていただきたいです。

熊倉晴子(森美術館アシスタント・キュレーター)


丹羽良徳《ルーマニアで社会主義者を胴上げする(シングル・チャンネル版)》

《ルーマニアで社会主義者を胴上げする(シングル・チャンネル版)》
2010年
ビデオ
25分24秒
所蔵:森美術館(東京)

1989年に革命によって社会主義体制が崩壊したルーマニアで制作された4部作の第1作目。2005年にテレビでチャウシェスク政権の崩壊についてのドキュメンタリーを見た丹羽は、アマチュアカメラマンがまさに革命が起こっている現場を捉えた生々しい映像に衝撃を受け、独自に調査を始めます。その過程で出会ったブカレストのアートセンター「Pavilion」との数年に渡るメールのやり取りを経て、2010年に実現したのが《ルーマニアで社会主義者を胴上げする》です。革命によって独裁者チャウシェスク大統領とその妻を処刑し民主化を獲得したルーマニアでは一時期、共産党そのものが非合法化されていました。多くの犠牲を生んだ社会主義独裁政権がいかに人々の記憶に暗い影を落としているかがわかります。丹羽は過去と現在が断絶した現在の状況においてなお共産主義を信じ続ける人を、革命を知らない世代の若い人々の手で胴上げするという矛盾をはらんだ行為を、ルーマニアの複数の政治家やアクティビストに提案します。


丹羽良徳《モスクワのアパートメントでウラジーミル・レーニンを捜す(シングル・チャンネル版)》

《モスクワのアパートメントでウラジーミル・レーニンを捜す(シングル・チャンネル版)》
2012年
ビデオ
22分32秒
所蔵:森美術館(東京)

ソビエト連邦崩壊からおよそ20年後のモスクワで一般家庭に残されたレーニンを探す、共産党をめぐる4部作の第2作。丹羽は、史上初の社会主義国家であったソビエト連邦の初代指導者を務めたウラジーミル・レーニンの肖像画、写真、プロパガンダポスター、新聞記事、旗、バッジなどのあらゆるグッズを、モスクワ近代美術館での展覧会に出品するため捜索します。駅でビラをくばりながら「あなたの家にレーニンはありますか?」と尋ねる丹羽に、モスクワの人々は怒りや懐かしさなど、実に様々な感情を表します。一般家庭での捜索では、社会主義というイデオロギーの象徴であったレーニンの肖像が、20年の時を経て個人的な物語や思い出と結びつくものに変化している様子が捉えられており、ロシアという現実の社会が社会主義という崩壊してしまったユートピアをどのように記憶しているかを描き出します。


丹羽良徳《日本共産党でカール・マルクスの誕生日会をする(シングル・チャンネル版)》

《日本共産党でカール・マルクスの誕生日会をする(シングル・チャンネル版)》
2013年
ビデオ
22分56秒
所蔵:森美術館(東京)

丹羽良徳《日本共産党にカール・マルクスを掲げるように提案する(シングル・チャンネル版)》

丹羽良徳《日本共産党にカール・マルクスを掲げるように提案する(シングル・チャンネル版)》
2013年
ビデオ
18分27秒
所蔵:森美術館(東京)

第3作と第4作は日本を舞台に、設立90年を超える日本共産党と共産主義思想の原点であるカール・マルクスに注目し、時代と国を超えてマルクスの思想がいかに受容されてきたのか、共産主義社会の実現をほとんど放棄したかのような今日の非革命的日本共産党にとって、カール・マルクスとは一体どのような存在なのかを探ります。《日本共産党でカール・マルクスの誕生日会をする》で丹羽は、愛知県の共産党支部に出向き、マルクスの195才の誕生日会を開くことを提案すると同時に、党の掲げる「科学的社会主義」が一体いかなるものであるのかを問いただします。また、1922年結党当初は共産党内に掲げられていたマルクスの肖像写真もいつのまにか消滅したという話を聞き及んだ丹羽は、《日本共産党にカール・マルクスを掲げるように提案する》において日本共産党中央委員会といくつかの地区委員会にマルクスの肖像画を再び掲げるという提案を行います。一見ナンセンスに思えるそれらの提案を通じて、丹羽は2010年代現在形の日本共産党の姿を読み取ろうとします。


「MAMスクリーン005:丹羽良徳 映像集」

会期:2017年2月4日(土)~6月11日(日)

主催:森美術館

企画:熊倉晴子(森美術館アシスタント・キュレーター)

※展覧会ページはこちら:https://www.mori.art.museum/contents/mamproject/mamscreen/005.html


「MAMスクリーン009:シュウ・ジャウェイ(許家維)」アンコール上映

公開期間: 2020年9月1日(火)~11月30日(月)

「MAMスクリーン」アンコール上映の第5弾では、「MAMスクリーン009:シュウ・ジャウェイ(許家維)」で上映した5作品を限定公開します。

シュウ・ジャウェイ(許家維、1983年台中生まれ)は、アジア各地の歴史のなかで、正史とされる歴史からは読み取れない複雑な物語を、洗練された映像作品やインスタレーションに描き出してきました。綿密なリサーチに基づいたそれらの物語は、政治的、社会的な時代の荒波に翻弄された個人史や、語られてこなかった歴史の断片を明らかにします。

本スクリーニングでは、日本統治時代の台湾総督府工業研究所に秘められたさまざまな物語を《ドローン、ヒナコウモリ、故人たちの証言》、《高砂》、《核崩壊タイマー》の3作を通して、産業政策、生態系、地質学といった観点から紐解きます。また、《回莫村(ホェイモ村)》と《諜報局の廃墟》の2作では、中国内戦を契機に国籍を失い、冷戦時代以降タイとビルマの国境に近い村で諜報員や孤児院の代表、牧師など複数の人生を演じてきた男の数奇な運命から、この地域における激動の歴史を明らかにします。

シュウは産業化、都市化、当事者の高齢化などによって失われていく地域の記憶や散在する資料を集め、この世界の複雑さや多様さ、記憶の不確かさなどを私たちに意識させてくれるのです。

国立台湾芸術大学卒。2014〜2016年にはフランスのル・フレノア:国立現代アートスタジオで本格的に映画技術を学ぶ。2013年ヒューゴ・ボス・アジア・アート賞ファイナリスト、2017年には第15回台新芸術賞グランプリ受賞。

作品に対するコメントと分析、そして現状下で取り組んでいるプロジェクトについて

シュウ・ジャウェイ

今年発生したパンデミックは私たちの生活に劇的な変化をもたらしました。今後も私たちは長きにわたってこのウイルスとの共存を余儀なくされるでしょうし、それによって働き方や産業のあり方も変わってきました。たとえば、私は台湾在住ですが、島国である台湾は当初パンデミック防止政策を迅速かつ厳格に実施していたため、現在の日常生活に大きな影響はありませんでした。一方で、海外で計画されていた仕事やプロジェクトはすべて中断され、多くの展覧会は延期、またはオンラインでの開催となりました。私も何カ月もの間は海外へ渡航することが叶いませんでしたが、それによって自身の考えをまとめ、台湾についてより深く知り、思考を巡らす時間を得ることができました。この期間中、私は台湾に関するアートプロジェクトの制作により専念することにしました。私は台湾の2つの島を訪れました。ひとつは、冷戦時代に多くの政治犯が投獄されていた台湾東部の緑島郷で、この取材をもとに白色テロに関する作品群を制作しました。もうひとつが台湾北部に位置する和平島です。ここで私は考古学者と恊働し、17世紀のオランダとスペイン統治時代に建造された遺跡を撮影しました。このようにパンデミックの影響により、私は台湾国内でのプロジェクトにより集中して取り組むことになりました。

今回の「MAMスクリーン」でアンコール上映している作品では、偶然にもこのパンデミックとの深い関連性を見出すことができます。《ドローン、ヒナコウモリ、故人たちの証言》では、ウイルスのヒトへの感染に際し、中間宿主とされたコウモリが登場します。このシリーズを制作した当初、私は人間以外の要素を用いて植民地と歴史にまつわる問題への再アプローチを試みました。今まで物事は人間の視点を中心に綴られてきましたが、人間以外の要素を登場させることで、既存の解釈の枠組みをはるかに超える可能性が生まれると考えました。そのため、この一連の作品ではコウモリ、鉱物、松の精など、人間以外の要素が見受けられます。パンデミックの発生は人間とその他のあらゆる存在との間の繊細な共生関係を強調し、また、人間を高座から突き落とし、本来の生物学的姿に立ち戻らせました。したがって、反人類中心主義のシステム思考ネットワークは、私にとってある種のデジャヴといっても過言ではありません。


キュレーターからのコメント

片岡真実(森美術館館長)

コロナ禍は私たちの世界の見方を変えましたが、シュウ・ジャウェイの映像作品からも、新しい読み解きが可能です。新型コロナウイルスは極めて短時間に世界中に広がり、各国は急いで国境を封鎖。陸続きの政治経済同盟EUでさえ国境を封鎖するなど、「国家」の枠組みが強烈に意識化されました。政治的な混乱に翻弄され、国家の枠組みから外れた人々を追った《回莫村(ホェイモ村)》と《諜報局の廃墟》は、この時期に改めて個人と国家の関係を考えさせます。《ドローン、ヒナコウモリ、故人たちの証言》、《高砂》、《核崩壊タイマー》の3作もまた、植民地化と産業政策の遺産など「国家」という存在を意識させるものです。ただ一方では、シュウ自身もコメントしている通り、政治的な歴史に科学的視点を編み込むことによって、地球という惑星の歴史、動物や昆虫といった人間以外の歴史へと私たちの意識は向けられ、人間が決めた国家や国境という枠組みがいつしか無意味化されます。それはまさに、目に見えないウイルスを前に人間が完全に敗北している、人間中心主義の不可能性を物語っているようでもあります。


シュウ・ジャウェイ《ドローン、ヒナコウモリ、故人たちの証言》

《ドローン、ヒナコウモリ、故人たちの証言》
2017年
ビデオ
8分
視聴版

台湾の元日本海軍第六燃料廠(ねんりょうしょう)新竹支廠(しんちくししょう)の廃墟で撮影された映像作品。第二次世界大戦中、燃料廠は台湾総督府工業研究所の工業用発酵部門がブタノールを使用した航空機用燃料を製造する場所でした。シュウはドローンの俯瞰的な視点を活かし、映像のなかでは機体を擬人化して俳優のように扱いました。その他にも、この元軍用工場の煙突のなかに初夏になると棲みつくようになったヒナコウモリや、第二次世界大戦中にアメリカと中国の連合軍が台湾攻撃に使った爆撃機などの映像が含まれます。
ビデオの語りは当時の工場労働者の記憶がもとになっています。19件の口述記録が4名の日本語の声優によって吹き替えられ、映像アーカイブとともにコンピュータによってランダムに操作されることで、全体の構造が変化し続ける映像インスタレーション作品となります。シュウは、こうした方法で記憶の不確かさや散在した歴史的文書などを暗示しているのです。今回のオンライン・スクリーニングでは、視聴版を公開いたします。


シュウ・ジャウェイ《高砂》

《高砂》
2017年
ビデオ
9分20秒
制作協力:高砂香料工業株式会社

《高砂》では、「能の演目」と「日本の香料会社」という、一見すると無関係なものが組み合わされています。高砂香料工業株式会社は1920年に日本で創業しました。日本政府および台湾総督府工業研究所の支援を受け、台湾の植物を使った香料を製造し、事業拡大を目的として1938年から終戦まで台湾に本社が置かれました。社名の由来は2つあります。その昔、日本では台湾を高砂国と呼び、さまざまな素材を輸入していたことがひとつ。世阿弥による室町時代の有名な能の演目「高砂」がもうひとつです。地理的な距離が二人を分かつことが無いことを、老夫婦に姿を変えた相生の松を通して伝える物語です。この映像作品では、能の演者は近代化された工場で「高砂」を舞い、歴史の記述を越えて物語が描かれることで、「高砂」という言葉の多様な意味と物語にある古くからの教訓が繋げられています。


シュウ・ジャウェイ《核崩壊タイマー》

《核崩壊タイマー》
2017年
ビデオ
8分40秒
シングル・チャンネル版

植民地時代の歴史を科学史の観点から見るために、この作品でシュウは地質学者と協働しました。1923年の関東大震災後、日本経済は急激に衰退しました。その対応策として日本は金鉱採掘のための優遇措置を設け、そのために統治下の台湾における金鉱採掘産業が急速に発展しました。新竹県馬武督(マーウードゥー)溪の川床で初めてジルコンが発見され、本格的な調査を開始。当初はこの天然鉱石から合金を製造し、第二次大戦中の軍需支援に繋げるための調査が行われましたが、ジルコンの産出高が十分でないことが判明し、計画は失敗に終わりました。それでも発掘されたジルコンの標本は、次世代の地質学者に新たな科学的応用の可能性を残したのです。今日では地質学者はジルコンの構造を判断でき、さらに興味深い過去の情報を知ることもできます。地質学者が世界の始まりから人類の誕生までの長い時間的スパンを知ることができるジルコンは、まるで核崩壊タイマーのようです。


シュウ・ジャウェイ《回莫村(ホェイモ村)》

《回莫村(ホェイモ村)》
2012年
ビデオ
8分20秒

《回莫村(ホェイモ村)》はタイのチェンライにある「回莫自強の家」を舞台にした作品です。この孤児院を創設した牧師は、冷戦時代CIAの諜報員として39年間務めていました。彼のアイデンティティはこの時期の歴史と変化そのものです。1980年代にこの地域は世界の麻薬取引の場となり、密輸や人身売買という問題を抱えました。現在ここに住む70人ほどの子供は、多くが麻薬問題で両親を亡くしたり拘束されたりした孤児たちです。
本作でシュウはこの施設の子どもたちを撮影チームに招き、撮影、録音、照明などに係る映像機器を一緒に使いました。子どもたちはこの牧師を尋ね、彼の諜報員時代の過去の話を聞くことができました。人生を語る人々、その物語を聞く人々、孤児たちで構成された撮影クルーという構成のなかで、アーティスト本人はそこから距離を置き、この地域の複雑な歴史を観察していますが、それは彼の制作に通底する姿勢でもあります。


シュウ・ジャウェイ《諜報局の廃墟》

《諜報局の廃墟》
2015年
ビデオ
13分30秒
制作:Le Fresnoy

本作はタイとビルマの国境近く、回莫村(ホェイモ村)の歴史遺産で撮影されました。当時の諜報局はすでにありませんが、遺構として建築の構造である基礎スラブはいまだに残っており、現在はタイ政府軍が管理しています。シュウは現在もこの地域に住む元諜報部員を招待し、映像作品に参加してもらいました。基礎スラブは伝統的なタイの人形劇のための舞台として使われています。映像のナレーターは過去に39年間諜報部員を務めた、現在の孤児院「回莫自強の家」代表の男性で、映像にはその録音プロセスも含まれます。
映像は元諜報局を舞台にした人形劇で始まり、ナレーターは古代の叙事詩にある猿将軍ハヌマンが軍隊を救った話をします。人形使いは黒い衣装と黒マスクを着用しています。演者のなかには現在のタイ軍に兵士や元諜報局員もいますが、彼らも黒いマスクをしています。彼らは歴史の流れのなかで忘れ去られた、知られざる人々の集まりなのです。映像の最後では誰もいない録音スタジオで映像だけが流れます。民間伝承と現実、ドキュメンタリーとフィクションの双方を編み込みながら、本作は複雑なアイデンティティ、記憶、そして回莫村にいる人々の夢を語っているのです。


「MAMスクリーン009:シュウ・ジャウェイ(許家維)」

会期:2018年10月6日(土)~2019年1月20日(日)

主催:森美術館

企画:片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター〔当時、現在、森美術館館長〕)

※展覧会ページはこちら:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/mamscreen009/


「MAMスクリーン010:ミハイル・カリキス」アンコール上映

公開期間: 8月1日(土)~10月31日(土)

「MAMスクリーン」アンコール上映の第4弾では、「MAMスクリーン010:ミハイル・カリキス」で上映した3作品を限定公開します。

ミハイル・カリキス(1975年ギリシャ、テッサロニキ生まれ)は、ロンドンを拠点に国際的に活動しています。近年のホワイトチャペル・ギャラリー(ロンドン、2018–2019年)、トゥルク美術館(フィンランド、2018年)での個展開催の他、あいちトリエンナーレ2013、第19回シドニー・ビエンナーレ(2014年) など、さまざまな国際展にも参加しています。

カリキスは音楽、建築を学んだ後、映像、写真、パフォーマンスなど多様なジャンルを横断し、体感型インスタレーションへと発展させてきました。彼は音を作品の主要な素材として捉えていますが、なかでも人間の声はとりわけ重要な役割を果たしています。本プログラムで上映する《地底からの音》(2011-2012年)、《怖くなんかない》(2016年)、《チョーク工場》(2017/2019年)の3作品は、いずれも人間の存在そのもの、友情、労働、行動(アクション)などに対するオルタナティブなモデルを提示するものです。そこから実感されるのは、経済や産業構造の変化が個々の人生に及ぼす影響、さらには労働や雇用とは何か、コミュニティとは何かといった根源的な問いです。さまざまなコミュニティによる集団の声に耳を傾けながら、情報化の進む現代社会、多様性が受け入れられる未来の社会に想像を膨らませてみましょう。

アーティスト&キュレーターからのコメント

芸術についての考察と未来を巡るビジョン

石炭は英国人の日常生活と長らく共にあり、重要な役割を担ってきました。炭鉱は家庭や工業炉に燃料を供給し、労働組合と合唱団の活動は国の社会政治的、文化的生活を活性化してきました。現在、イギリスの風景は、1980年代半ばから国内で展開されてきた急激な都市、社会、経済の変化によって特徴付けられています。そして、80年代にイギリスの石炭産業が解体されて以来、多くの炭鉱は荒涼たる存在となってしまいました。

《地底からの音》は、今では静寂に包まれてしまったイギリス南東部の荒れ果てた炭田を舞台とし、以前そこで働いていた元炭鉱夫たちに発言の場を与えたいという思いから制作されました。かつての誇り高き炭鉱夫たちは炭鉱の閉鎖に伴い、集団失業、貧困、コミュニティの分散を余儀なくされました。彼らは社会的に非難され、多くの屈辱を味わうこととなったのです。私は彼らのコミュニティ、業績、抵抗の歴史、そして文化に関する様々な記憶をどのように継承していくべきかを考えました。

私は2010年より炭鉱福祉男声合唱団とともに《地底からの音》の制作を開始しました。元炭鉱夫たちと対話を重ね、彼らが坑内で働いていたときに聞いていた作業中の音を思い出し、声にすることを依頼しました。石炭を採掘する機械がガーンと鳴る音、唸るエンジンや叫ぶようなアラームの音、地下の爆発音など、制作された映像では炭鉱夫たちがかつて働いていた炭鉱を彷佛とさせる様々な音を声に出すことで、役目を終えてひっそりと佇む炭田に命を吹き込みます。炭鉱の解体によって一度は離れ離れとなった炭鉱夫たちは、歌うという共通の目的のもとに再び集結しました。彼らの歌によって荒涼とした採掘現場は野外劇場と化します。そこは皆が一丸となって記憶を呼び覚ますための場となり、かつて行われていた活動や培われたコミュニティの記録が紡がれていきます。炭鉱夫たちひとりひとりが尊厳を持ってその場に立ちながら、喪失の記憶を掘り起こします。彼らが集団となって奏でる哀愁の念は社会的な声を奪われた立場に抗い、今となっては衰退してしまったイギリスの産業建築を包み込む沈黙をも超え、共鳴します。

数年後の2015年に日本を訪れる機会があり、その際に東京郊外で働く工場労働者に目を向けることとなりました。2013年に初来日したのですが、それ以前に日本における障がい者の労働や雇用に対する文化的姿勢について独自にリサーチを続けていました。日本では企業に対して、最低でも雇用する労働者の2.2%(2013年当時は2%)に相当する障がい者を雇用することを義務付けていますが、多くがこの制度に応じるよりも未達成企業として納付金を支払うことを選択します。ただし、例外もあり、障害のある人々の働く権利を真摯に考え、前向きな提案をする企業もあります。

私は日本理化学工業株式会社という企業と出会いました。この工場では全体の70%以上を占める障がい者の社員が働いています。工業を訪れた際、専門的なスキルを持ち合わせた社員が一丸となり、高い生産性を維持しながら勤勉に仕事に取り組む姿を目にしました。《チョーク工場》で見受けられるような優秀な労働者らは、その業績や能力によってアイデンティティが確立されます。しかしながら、彼らは日本の文化史において「できないこと=障がい」によってのみ評価されてきました。ただ、これは日本文化における唯一の姿勢ではありません。

日本の民話や伝承を調べていたところ、かまど神として知られる「ひょっとこ」(火男)について学ぶこととなりました。ひょっとこが今を生きる人物であったならば、彼は学習障害を持つ者とみなされていたでしょう。なぜならば、自身に課せられた作業に対する指示を何一つとして理解することができなかったからです。床を掃除するように頼まれれば天井を穿き、柑橘系の果物を捕りに行くことを命じられれば葉っぱを集めてきてしまう。しかし、火をおこし、絶やさずに燃やすこととなれば話しは違いました。彼は熱心に、そして精力的にそれをこなし、人々が外出している間は村の家々を暖め、明かりを灯し、皆が料理できるように火を燃やし続けたのです。彼の働きと人々の生活に対する貢献はかけがえのないものであり、その存在は今日私たちが全国の店頭や家屋、刺青のモチーフや祭り事で目にする面によって不滅のものとなっています。ひょっとこは様々な困難に直面したかもしれませんが、彼は火をつかさどる類希な能力によって評価され、人々の記憶の中にとどまり、伝承を通じて現在も崇められています。

この文章を書き進める今、私たちが暮らす地球は世界規模のパンデミックに脅かされています。私たちは突如様々な障害に直面し、以前のような生活をおくることができなくなっています。私たちひとりひとりがより孤立や孤独を経験することとなりました。多くの人々が病気になり、中には残念ながら命を落とした人もいます。また、多くの地域では雇用と生活の見通しの悪化により、人々が貧困状態に陥っています。このような世界的な災害の最中、芸術と文化には果たして何ができるのでしょうか?多くの点において、芸術は即時に実用的な解決策を提供することはできません。芸術ができることといえば、様々な形で気遣いや共感、思いやりを発信し、届けることです。芸術は困難や試練に立ち向かう人々の姿勢や生き様など、今を生きる私たちへのヒントとなる物事を映し出すことができます。私がこれまで携わってきたプロジェクトでは、テーマが失業であれ障がいであれ、人間の尊厳と連帯、そして逆境に直面した際の人々の思いやりと影響力のあるアクション(行動)に焦点を当ててきました。芸術を通じて私たちは様々な可能性や希望、影響力に満ちた未来を想像することができます。想像力を働かせてポジティブな未来を思い描くことができれば、あとはそれを現実のものとすべく尽力するのみです。これから訪れる困難に立ち向かうためにも私たちは、今まさに一丸となって取り組まなくてはならないと考えています。

ミハイル・カリキス  


ミハイル・カリキスは人間の声を彫刻化することで、そこに彼らの尊厳を投影してきました。特定の形を持たず、聴覚によって認識される彫刻です。彼は次のように言っています。「言語は信頼できないと思うことがしばしばあります。言語や言葉は何かを隠蔽することができますが、声そのもの、ボリューム、声色、それが暗示するものは、感情のバロメーターとして機能するのです。声はその人の感情の世界をレントゲンのように映し出します。実際、私は人の声を聞いただけで、その人の身体が健康かどうか、感情の状態がどうであるかも知ることができるのです」。
パンデミックによって世界の社会構造の脆弱さや不均衡が露わになったいま、カリキスの芸術生産へのこうした姿勢は、まさにその意義が強化されているように思われます。人間中心、経済中心の成長モデルの限界が改めて指摘され、自身の足下にある地域を見つめ直し、そこにあるあらゆる生命が健やかであるような社会を目指すこと。人間も自然界の一部として、自然の営みの声を聞くことも求められています。カリキスの作品から聞こえてくる声は、現在の私たちに何を考えさせてくれるのでしょうか。

片岡真実(森美術館館長)


ミハイル・カリキス《地底からの音》

《地底からの音》
2011-2012年
ビデオ
6分47秒

《地底からの音》でカリキスは、元炭鉱の合唱団員だった人々に、彼らが坑内で働いていたときに聞いていた作業中の音を思い出し、声にすることを依頼しました。カリキスは彼らが働いていたイギリス南部ケント州の炭田をロケ地に選び、炭鉱夫たちの歌によって荒れ果てた炭鉱が息を吹き返すような映像をアーティストのウリエル・オルロウとともに制作しました。くぼんだ炭鉱はちょうど野外劇場のようになり、地下の爆発音、採炭切羽で採掘する機械がガーンと鳴る音、叫ぶようなアラームの音、地面を削るショベルの音などが共鳴します。それらはすべてスノーダウン炭鉱福祉男声合唱団の声によるもので、彼らはピケットライン(労働争議のときの監視員)を連想させるように並んでいます。

この作品についてキュレーターでライターのカテリナ・グレゴスは次のように述べています。「この映像は、政治的であったり詩的であったりというあらゆる型にはまったドキュメンタリーのリアリズムに風穴をあけ、哀愁に込められた尊厳や感情の力を共鳴させている。それは記憶、頌歌(オード)、賛辞(トリビュート)、鎮魂歌(レクイエム)をすべて一度に回収するような働きをする。[中略]石炭採鉱という行為の本質を捉えながらも、ピケットラインを想起させ、男性のアイデンティティや一緒に働いたり唱ったりするという共通の目的によって生まれる連帯感などを暗示している。」


ミハイル・カリキス《怖くなんかない》

《怖くなんかない》
2016年
ビデオ
10分
Commissioned by Whitstable Biennale 2016 & Ideas Test

イギリス南部のアイル・オブ・グレインは、一時は軍事用に使われていた脱工業化された湿地帯です。カリキスはこの地域で育ったティーンエイジャーとともに《怖くなんかない》を制作しました。過疎化した村では若者のための場所が限られているため、彼らはこの数年、地元の森のなかでレイブを企画し、警察ざたにもなりました。作品のなかでは、グレイン出身の11歳から13歳までの少年たちが、地域内にある発電所を取り壊す絶え間ない破砕音をビートとして使い、彼らの人生、幼かった頃の思い出、歳をとったときのこと、未来などについて書いたラップを唱っています。ミュージック・ビデオを彷彿させる映像は、都市の周縁に生きる若者を彼らの秘密の隠れ家で撮影し、以前にレイブを開催した地元の場所を返してくれるよう騒がしく訴える様子を捉えています。若者たちが友情や遊び、あるいは権力を覆し大人の監視から逃れるスリルを通して、自分たちだけの場所を公正なものにしていく。そのことによって工業用地の在り方を再考するひとつの方法を提示しているのです。


ミハイル・カリキス《チョーク工場》

《チョーク工場》
2017/2019年
ビデオ、シングル・チャンネル・エディション
22分22秒
Commissioned by European Capital of Culture 2017, Aarhus, Denmark
Supported by Channel 4, UK and Arts Council England

Special thanks to Nihon Rikagaku Industry Co., Ltd, Shibata Naomi, Kiku Day, Osaka Koichiro, Dr. Nicola Grove, Mitsudo Yumiko, Namba Sachiko, Spiral and the Yokohama Paratriennale 2014.

《チョーク工場》はカリキスが知的障がいのある人々の働く日本の工場の協力を得て制作したプロジェクトです。川崎市にある日本理化学工業株式会社では、1959年に知的障がい者の若者2名の実習をしました。彼らが働く最後の日、工場のアイデンティティ、ひいては日本の雇用の歴史といった観点からも、知られざる重要な出来事がありました。工場労働者が障がいのある仲間の実習終了に対し、彼らと共に働くことが有益であると強調して、正式な採用を求めたのです。それから約60年後、この工場では全体の75%近くを占める知的障がい者の社員が働いています。カリキスは障がいのある人々の働く権利を訴えたこの歴史的な行動に心を動かされました。

本プログラムでは、当初10チャンネルのビデオ・インスタレーションとして制作された作品をシングル・チャンネルに再編集しています。作品のなかでは、工場での日々の活動を導くチャイムの音、機械の音とともに聞こえるつぶやき、不随意な発声、繰り返される独り言といったサウンドスケープ(音による風景)が描かれています。また、働く人々がカラオケで見せる楽しげな不協和音も挿入されています。《チョーク工場》は障がいというものの特有の文化史に光を充て、生産性、身体的・社会的機能などを認め、障がいと労働に関する倫理的な問いを私たちに向けているのです。


「MAMスクリーン010:ミハイル・カリキス」

会期:2019年2月9日(土)~5月26日(日)

主催:森美術館

企画:片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター〔当時、現在、森美術館館長〕)

※展覧会ページはこちら:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/mamscreen010/