MAM Digital

MAMデジタルは、森美術館がウェブサイトやソーシャルメディアなどデジタルメディアを通して展開するプログラムです。

スクリーニング|Screenings

森美術館では、「MAMスクリーン」や上映イベントなどで数々のすぐれた映像作品を取り上げてきました。森美術館のコレクションにも映像作品が多く含まれています。「MAMデジタル」のスクリーニングでは、過去の「MAMスクリーン」上映作品や森美術館のコレクションから作品をセレクトして順次紹介していきます。解説や作家のコメントなどもあわせてお楽しみください。

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展示風景:「MAMスクリーン011:高田冬彦」森美術館(東京)2019年


「MAMスクリーン010:ミハイル・カリキス」アンコール上映

「MAMスクリーン」アンコール上映の第4弾では、「MAMスクリーン010:ミハイル・カリキス」で上映した3作品を限定公開します。

ミハイル・カリキス(1975年ギリシャ、テッサロニキ生まれ)は、ロンドンを拠点に国際的に活動しています。近年のホワイトチャペル・ギャラリー(ロンドン、2018–2019年)、トゥルク美術館(フィンランド、2018年)での個展開催の他、あいちトリエンナーレ2013、第19回シドニー・ビエンナーレ(2014年) など、さまざまな国際展にも参加しています。

カリキスは音楽、建築を学んだ後、映像、写真、パフォーマンスなど多様なジャンルを横断し、体感型インスタレーションへと発展させてきました。彼は音を作品の主要な素材として捉えていますが、なかでも人間の声はとりわけ重要な役割を果たしています。本プログラムで上映する《地底からの音》(2011-2012年)、《怖くなんかない》(2016年)、《チョーク工場》(2017/2019年)の3作品は、いずれも人間の存在そのもの、友情、労働、行動(アクション)などに対するオルタナティブなモデルを提示するものです。そこから実感されるのは、経済や産業構造の変化が個々の人生に及ぼす影響、さらには労働や雇用とは何か、コミュニティとは何かといった根源的な問いです。さまざまなコミュニティによる集団の声に耳を傾けながら、情報化の進む現代社会、多様性が受け入れられる未来の社会に想像を膨らませてみましょう。


ミハイル・カリキス《地底からの音》

ミハイル・カリキス《地底からの音》
2011-2012年
ビデオ
6分47秒

《地底からの音》でカリキスは、元炭鉱の合唱団員だった人々に、彼らが坑内で働いていたときに聞いていた作業中の音を思い出し、声にすることを依頼しました。カリキスは彼らが働いていたイギリス南部ケント州の炭田をロケ地に選び、炭鉱夫たちの歌によって荒れ果てた炭鉱が息を吹き返すような映像をアーティストのウリエル・オルロウとともに制作しました。くぼんだ炭鉱はちょうど野外劇場のようになり、地下の爆発音、採炭切羽で採掘する機械がガーンと鳴る音、叫ぶようなアラームの音、地面を削るショベルの音などが共鳴します。それらはすべてスノーダウン炭鉱福祉男声合唱団の声によるもので、彼らはピケットライン(労働争議のときの監視員)を連想させるように並んでいます。

この作品についてキュレーターでライターのカテリナ・グレゴスは次のように述べています。「この映像は、政治的であったり詩的であったりというあらゆる型にはまったドキュメンタリーのリアリズムに風穴をあけ、哀愁に込められた尊厳や感情の力を共鳴させている。それは記憶、頌歌(オード)、賛辞(トリビュート)、鎮魂歌(レクイエム)をすべて一度に回収するような働きをする。[中略]石炭採鉱という行為の本質を捉えながらも、ピケットラインを想起させ、男性のアイデンティティや一緒に働いたり唱ったりするという共通の目的によって生まれる連帯感などを暗示している。」


ミハイル・カリキス《怖くなんかない》

ミハイル・カリキス《怖くなんかない》
2016年
ビデオ
10分
Commissioned by Whitstable Biennale 2016 & Ideas Test

イギリス南部のアイル・オブ・グレインは、一時は軍事用に使われていた脱工業化された湿地帯です。カリキスはこの地域で育ったティーンエイジャーとともに《怖くなんかない》を制作しました。過疎化した村では若者のための場所が限られているため、彼らはこの数年、地元の森のなかでレイブを企画し、警察ざたにもなりました。作品のなかでは、グレイン出身の11歳から13歳までの少年たちが、地域内にある発電所を取り壊す絶え間ない破砕音をビートとして使い、彼らの人生、幼かった頃の思い出、歳をとったときのこと、未来などについて書いたラップを唱っています。ミュージック・ビデオを彷彿させる映像は、都市の周縁に生きる若者を彼らの秘密の隠れ家で撮影し、以前にレイブを開催した地元の場所を返してくれるよう騒がしく訴える様子を捉えています。若者たちが友情や遊び、あるいは権力を覆し大人の監視から逃れるスリルを通して、自分たちだけの場所を公正なものにしていく。そのことによって工業用地の在り方を再考するひとつの方法を提示しているのです。


ミハイル・カリキス《チョーク工場》

※本作品は、8月中旬以降に公開予定です。

《チョーク工場》はカリキスが知的障がいのある人々の働く日本の工場の協力を得て制作したプロジェクトです。川崎市にある日本理化学工業株式会社では、1959年に知的障がい者の若者2名の実習をしました。彼らが働く最後の日、工場のアイデンティティ、ひいては日本の雇用の歴史といった観点からも、知られざる重要な出来事がありました。工場労働者が障がいのある仲間の実習終了に対し、彼らと共に働くことが有益であると強調して、正式な採用を求めたのです。それから約60年後、この工場では全体の75%近くを占める知的障がい者の社員が働いています。カリキスは障がいのある人々の働く権利を訴えたこの歴史的な行動に心を動かされました。

本プログラムでは、当初10チャンネルのビデオ・インスタレーションとして制作された作品をシングル・チャンネルに再編集しています。作品のなかでは、工場での日々の活動を導くチャイムの音、機械の音とともに聞こえるつぶやき、不随意な発声、繰り返される独り言といったサウンドスケープ(音による風景)が描かれています。また、働く人々がカラオケで見せる楽しげな不協和音も挿入されています。《チョーク工場》は障がいというものの特有の文化史に光を充て、生産性、身体的・社会的機能などを認め、障がいと労働に関する倫理的な問いを私たちに向けているのです。


「MAMスクリーン010:ミハイル・カリキス」

会期:2019年2月9日(土)~5月26日(日)

主催:森美術館

企画:片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター〔当時、現在、森美術館館長〕)

※展覧会ページはこちら:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/mamscreen010/